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永田芳男さんの日本全国花行脚

第12回 幻のジョウロウラン探訪記 ~沖縄県石垣島~

2023-08-21

『山溪ハンディ図鑑 山に咲く花』や『レッドデータプランツ』などでおなじみの植物写真家の永田芳男さん。髭がトレードマークで髭さんと呼ばれていましたが、いまでは髭も真っ白くなりました。三つ子の魂百までで、いまだに植物を追いかけて日本全国花行脚を続けています。旅先で出会った野生の草や木を主体に、時に花の名所なども兼ねて、永田さんが気になった植物をひとつずつ紹介していただきます。

 

ジョウロウランは、一生に一度出会えるかどうか、と言われているランである。

ランの写真家として知られる故神田淳氏が10年以上探して見つからなかった、といういわくつきのランである。自生地は石垣島と西表島ということになってはいるが、西表島で見たことがある人はいない。確実に自生している石垣島で、学者を含めた数人の知り合いが撮影しているだけである。

このランを発見し、命名したのは故前川文夫博士である。発見当時とほぼ同じ場所、それも極めて狭い範囲に発生するらしい。菌従属栄養植物らしく、地上に突然現れて花を咲かせると、短い期間で命を終えるという。

情報はあった。だが、咲くかどうかの保証はどこにもない。石垣島に住む友人が、今年だけで6回も登って探索してくれていたのである。石垣島の彼からは、8月中旬までが発生する可能性が高いらしいとの連絡。お盆のこの時期、咲いたからすぐ来い、と言われても飛行機のチケットが手に入らない。毎日、あと数席というLCCの座席数を見ながらやきもきしていた。いてもたってもいられず、まさに賭けのようなものだが、8月8日から12日までをこのランの撮影のために急遽予定した。

万端の準備をして登ったのは8月10日。はっきり言うと、もう2度と登りたくない山である。そのくらいしんどくてきつい登りだった。道がないことなどは百も承知で臨んだのだが、自分から休ませて、と何度も彼に声をかけた。暑い熱帯の森の中、蒸し暑さは半端ではない。こまめに水分補給をしながら登るのだが、急斜面で、しかも滑る。太いツル植物に行く手を何度も阻まれる。彼のGPS を頼りに登るのだが、まさに疲労困憊。頭のねじり鉢巻きのタオルの汗を、何度ジャージャーと絞ったことか。

悪条件はそれだけではない。登る前にヒルよけや蚊よけのスプレーをシューシューしたのだが、疲れて止まると、足元からはヒルが何匹も這い上ってくる。蚊がわんさかと猛襲してくる。半袖だったので両腕はボコボコ、ヒルには2 箇所も吸いつかれていた。

疲れて休んでいる私を置いて先行した彼が「咲いてる」と興奮気味に戻ってきた。彼曰く「永田さんは強運だね、今まで見た中で最高の花だよ」というほどに新鮮な今日咲いたばかりの花がそこにはあった。

 

 

 

小さなランである。高さは8センチほど。咲いたばかりでまだ唇弁が完全には開いていない。左は蕾。葉は2枚、この葉が緑色をしているので光合成を行っているように見えるので、菌従属とは見えないのである。

 

 

 

花の色は1日経つと淡く薄くなるらしい。この花は申し分のない色だと、彼も興奮していた。上臈(ジョウロウ)とは身分の高い女官のことである。淡い薄紫色から十二単を連想したものだろうか。このランはとても変わっていて、唇弁に距がない。代わりに側萼片に距があるというラン科では非常に珍しい形をしている。

時間をかけて私が撮影している間に、付近をずっと探し回っていた彼が、もう1本咲いてる、と違う株も見つけてきた。こちらは花の色がやや薄く、唇弁もまっすぐに伸びていた。おそらく昨日咲いた花らしい。花の後ろにまっすぐ立っているのは果実である。

 

 

 

2箇所のランを、もう来ることもないだろうと、丁寧に何枚も何枚も撮影した。

長年の思いを達成して、下山にかかる。慎重に下りながらも猪除けの防護柵の所まで降りてきて、ついにダウンしてしまった。くらくら目眩がして立っていられない。熱中症にやられてしまったようだ。しばらく動けなかった。彼が車に戻り持ってきてくれた氷で脇の下や首、太ももの付け根を冷やし、OS1を飲んでしばし、ヨロヨロになって下山したのである。

 

 

撮影は2023年8月10日 沖縄県の石垣島で。

 

*追記 かの神田氏は1993年にジョウロウランをやっと撮影し、液浸標本を残している。その後、2001年に横田昌嗣教授が標本を採られている。この二つの標本をベースに、日本の図鑑の記載が書かれている。

 

謝辞 まだ芽の出ないうちから何度も何度も登って情報を提供してくれた石垣島のK氏にはこころから御礼申し上げます。

 

 

永田芳男(ながた・よしお)

1947年生まれ。植物写真家。おもな著書に『山溪ハンディ図鑑 山に咲く花』『増補改訂新版 絶滅危惧植物図鑑レッドデータプランツ』(いずれも山と溪谷社)など多数。

 

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