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図鑑ナビ

③図鑑編集者おすすめのきのこ図鑑と、名無しのきのこたち

2018-07-18

わからないんじゃなくて名前がない

知らない動植物の名前を知りたいと思ったら、くわしい人に教えてもらうと早い。しかし、そうそう便利な人がそばにいるとは限らない。そこで図鑑を利用することになる。

紙の図鑑とのつきあいは、慣れないうちはとにかく根気。調べたいものの外見の特徴を手がかりに、1ページずつめくっていくしかない。掲載種数が少ないと、調べている生き物が収録されていないこともある。それでも、より上位の図鑑を調べていけば、いつかは正解にたどりつく。

しかし、きのこは、そんな風にしても結論が出ないこともある。身近にきのこの研究者がいたとしても、明快な種名が必ず得られるとは限らない。困ったような顔で「○○の仲間……(かな?)」くらいの返答の可能性も高い。

 

専門家でもわからない。そのことに最初は当惑する。魚類や鳥類や植物ではあり得ないことが、きのこではふつう。なぜならきのこは、名前のついていないものが、とてもたくさんあるからだ。日本で見られるきのこの種数は推定で1万種以上。そのうち名前がつけられているのは、20003000種程度にすぎない。

「名前がつく」というのは、その生き物が、どういう特徴をもっていて、他種とはどう違うかが明らかにされ、学名があたえられているということ指す。学名は、図鑑によっては省略されていることもある。しかし、学名がついて初めて生き物は、存在が公に認められる。学名がついていない生き物は、どんなにくわしい図鑑にも、ふつうは掲載されない。

存在しているのに存在していない。「そんな馬鹿な」と思っても、学問の上ではそうなる。実際、学名がついていないということは、研究されていないということになり、したがって掲載したとしても解説も書けない。しかし「ある程度」わかっているものは、完全な学名があたえられる前に、「○○の仲間」として掲載されることもある。

そのようなきのこの事情がわかってくると、フィールドで不用意にきのこを採ることはなくなり、手を伸ばすのは「名前がわかりそう」なものだけになる。あるいは深追いをしなくなる。追ったとしても、だいたい、どのグループのきのこかがわかった時点で、おおむね良しとするようになる。だってしょうがない。名前がないのだから。

 

きのこ図鑑の種類

では、名前がついているきのこは、どの図鑑で調べるとよいだろう。

一般に図鑑は、大きく2つのタイプに分かれる。王道というか基本は、「分類」にのっとってまとめられたもの。分類とは、その生物群を仲間分けすることだ。そして、そのグループのなかでの種と種の関係の近さを調べ、分けたグループもそれぞれの関係性を調べ、近いであろう順番に並べる。これを「系統」という。分類を軸にして作られている図鑑は、分類群ごとに系統の順に掲載しているものが多い。

もうひとつのタイプは、分類は二次的な要素とし、肉眼的な見かけの共通点や、見られた環境・季節などをキーワードに、横断的にまとめた図鑑だ。例えば植物なら「花が黄色い」とか「春に花が咲く」とかがキーワードになる。そのキーワードでひとまとめにされるなかでは、やはり分類順に並んでいることが多い。

きのこ図鑑も同様だ。分類でまとめたものは、古くは『原色日本新菌類図鑑』(保育社)、近年では『新版北陸のきのこ図鑑』(橋本鶴文堂)、ごく最近では『改訂版NEOきのこ』(小学館)などがある。後者のタイプは『よくわかるきのこ大図鑑』(永岡書店)、『ポケットガイドきのこ』(山と溪谷社)などがある。この2冊は、ともにフィールド別の構成だ。

また、硬軟はそれぞれだが、『新版 oso的キノコ擬人化図鑑』(双葉社)、『見つけて楽しむきのこワンダーランド』(山と溪谷社)など、テレビで言えばバラエティ番組のようなサードパーティも目立つ。

 ●見かけや環境でまとめられた図鑑

『よくわかるきのこ大図鑑』

著/小宮山 勝司 永岡書店

『ヤマケイポケットガイドきのこ』

著/小宮山 勝司 山と溪谷社



 

『山溪カラー名鑑日本のきのこ』の事情

ちなみに『山溪カラー名鑑日本のきのこ』(山と溪谷社)は、かつては『原色日本新菌類図鑑』の写真版と言ってもよい分類図鑑だった。しかし、分類にDNAが用いられるようになり事情が変わった。

DNA導入以前は、分類は、肉眼での観察に顕微鏡での胞子の観察といった外見の特徴に、試薬への反応などを加えておこなわれ、ひだの有無、全体の形態、硬さ、胞子をどこでつくるかなどで、おおよそ分けられていた。

しかしDNAは、ABが見かけが似ていても別のグループであることや、CDがかけ離れた外見であっても同じグループであることをつきつけ、分類をがらりと変えた。小さな変更はいくつもあるが、大きなところでは「腹菌類」というグループが解体されてしまった。

腹菌類とは、ひだをもたず、内部に胞子が詰まっているきのこだ。球形のものが多く、以前はよくまとまった分類群であると思われていた。『日本のきのこ』でも1つの章が立てられていた。しかし、DNAによって見直したところ、すべての種が別のグループへ移動し、腹菌類として残るものは1つもなかったのだ。

そのような背景から『日本のきのこ』は、2011年に増補改訂版が発行された。しかし、あいかわらず「腹菌類」にも1つの独立した章が割かれている。なぜかといえば旧版の初版は1988年。デジタル化される以前の書籍だったことから、オリジナルを大きく変えることができず、結局、解説の末尾などに新分類を表記するに留まった。その結果、見た目の形を手がかりとしてアプローチできるメリットは残ったが、新分類の全容がわかりづらいものとなっている。

 

きのこ図鑑の歩き方

さて、前置きが長くなったが、種名はわからなくても、グループがわかればOKという観点に立てば、新分類が採用され、主な種も掲載されている2018年刊行の『改訂版NEOきのこ』(掲載種数約700種)が使いやすい。原則として1見開きに同じグループのきのこが並んでいるので一覧性が高く、ほかの図鑑よりページ数が少ないので、端から端までページをめくっても苦にならない。巻末には菌類全体を俯瞰できる系統図もある。ただ難点は、同じグループを1つの見開きにおさめるため、どの種も同じサイズにしてあり、リアルな大きさがわかりづらい。また、解説文がとても短い。

しかし、『改訂版NEOきのこ』でだいたいのところをつかんだ後に、『山溪カラー名鑑増補改訂新版日本のきのこ』(掲載種数961種)や『原色日本新菌類図鑑』(掲載種数993種[図説のあるもののみ])、『新版北陸のきのこ図鑑』(掲載種数1403種)などで、詳細な解説を確認するという方法もある。

なお、『新版北陸のきのこ図鑑』(タイトルに「北陸」とついているが北陸のきのこだけを扱う地方図鑑ではない)は新分類を取り入れているが、『原色日本新菌類図鑑』は非対応だ。『原色日本新菌類図鑑』は2巻からなり、Ⅰは1985(昭和62)年発行の書籍で、タイトルの「新」とは1957(昭和33)年に発行された『原色日本菌類図鑑』に対してのものだからだ。ざっと30年前の書籍であるため、研究内容や掲載種の「古さ」を感じるところもある。しかし、日本のきのこ研究の第一人者であった本郷次雄氏の執筆した解説文をていねいに読むことで、得られるものはとても大きい。紙の書籍は絶版だが電子書籍版があり、図鑑.jpでも利用できる。

また、『原色日本新菌類図鑑』と『新版北陸のきのこ図鑑』は写真ではなく、著者が描いた図版が掲載されている。そのため「写真がないので収録できない」という、写真図鑑のジレンマに制約されることなくつくられている。さらに、この2冊には胞子の線画が掲載されている。きのこは胞子の形態も分類の手がかりにするので、顕微鏡観察にまで踏み込んで調べたい人には大変役に立つ。

 
※『山溪カラー名鑑 日本のきのこ』『原色日本新菌類図鑑(Ⅰ)』『原色日本新菌類図鑑(Ⅱ)』は図鑑jpに掲載あり

さまざまな切り口

『おいしいきのこ毒きのこハンディ図鑑』(主婦と生活社)や『くらべてわかるきのこ』(山と溪谷社)は、分類図鑑のバリエーション的図鑑だ。

『おいしいきのこ毒きのこ』の掲載種数は365種で、大部な図鑑よりずっと少ないが、名前のついているきのこのなかで確実に覚えたいものがまとめられている。ところどころに差しこまれた読み物からは、研究のトレンドもよくわかる。

『くらべてわかるきのこ』(山と溪谷社)(掲載種数376種)は、白バックで撮影されたきのこ写真を原寸大で掲載している。標準よりちょっと大きかったり小さかったりするケースもあるが、大きさのおよその目安にはなる。分類順を採用しているが、同じグループ内での類似種の比較や、他のグループのよく似たきのこを並べて見分けのポイントを示している。

ザックに入れて携帯するなら『日本のキノコ262』(文一総合出版)のようなポケット図鑑もある。掲載種数はタイトルの通りだが、これくらいの数がフィールドで確実にわかるようになれば、大きな図鑑のページを最初からめくるストレスは、もうないだろう。

『新装版山溪フィールドブックスきのこ』(山と溪谷社)は、版型は小さいが掲載種数は多く1155種が収録されている。紙の書籍は絶版だが、図鑑.jpで利用できる。

『おいしいきのこ毒きのこハンディ図鑑』

著/大作晃一,吹春俊光, 吹春公子 主婦の友社

おいしいきのこ毒きのこ

『くらべてわかるきのこ』

著/大作 晃一, 吹春 俊光 山と溪谷社

『日本のキノコ262』

著/柳沢まきよし  文一総合出版

日本のきのこ262

『新装版山溪フィールドブックス きのこ』

監修・解説/本郷次雄・上田俊穂 写真/伊沢正名 山と溪谷社

フィールドブックスきのこ

図鑑jp掲載あり

 

多読のススメ

『しっかり見分け観察を楽しむきのこ図鑑』(ナツメ社)(掲載種数316種)も分類順の図鑑だ。各分類群の種解説の前に、グループの特徴をまとめたページがあり、著者が約15000件の学術文献を分析してえたグループの特徴のほか、サイズ、色、発生時期のグラフが掲載されている。

 本書巻末の「あきらめも肝心」という文章は、きのこの世界に足を踏み入れたばかりの人には、是非読んでほしいテキストだ。冒頭にはこう書かれている。「きのこの場合、どれだけ努力しても種名にたどり着くことができないことはめずらしくありません」「無理に種名をあてはめてみても、悪い結果にしかなりません」。

本当にその通りで、名前のないものが圧倒的に多いという現実を、ありのままに受け入れることが、きのことのうまいつきあい方だ。

また、そのような現実であるがために、万能のきのこ図鑑というものはあり得ない。どの図鑑にも長所と短所がある。「この図鑑だけ」と決めてしまわずに、さまざまに目を通したい。一方で研究も進んでいる。数年前までは所属がわからなかったきのこでも、いまではグループが特定されている例もいくつもある。名前のないきのこに、名前がつく日を待とう。




山田智子(やまだ・ともこ)

 

編集者、ライター。自然や生物関係を中心に、さまざまなジャンルのおとなの本も子どもの本も手がける。編集を担当したきのこ関係の書籍は『きのこワンダーランド』(山と溪谷社)、『きのこの下には死体が眠る』(技術評論社)、『NEOきのこ』(小学館)、『しっかり見わけ観察をたのしむきのこ図鑑』(ナツメ社)など。国立科学博物館『菌類のふしぎ』展では、ナレーション原稿を執筆。その他の制作に関わった書籍に『ときめく小鳥図鑑』『いい猫だね』(以上、山と溪谷社)、『NEO花』(小学館)、『富士山のふしぎ100』『まんが少年、空を飛ぶ』(偕成社)などがある。

 

図鑑jpに掲載されている図鑑もあります。
菌類・きのこの掲載図鑑一覧はこちらからご覧ください

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