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永田芳男さんの日本全国花行脚

第19回 常緑樹林の奥地で再会したトクサラン ~鹿児島県屋久島~

2024-02-04

『山溪ハンディ図鑑 山に咲く花』や『レッドデータプランツ』などでおなじみの植物写真家の永田芳男さん。髭がトレードマークで髭さんと呼ばれていましたが、いまでは髭も真っ白くなりました。三つ子の魂百までで、いまだに植物を追いかけて日本全国花行脚を続けています。旅先で出会った野生の草や木を主体に、時に花の名所なども兼ねて、永田さんが気になった植物をひとつずつ紹介していただきます。

 

切り通しのようなそのカーブを曲がった途端、目の前に広がる風景を見て、アッこの場所には来たことがある…と思った。何の変哲もない常緑広葉樹林の風景だったが、20年前だか30年前だったかの記憶がよみがえってきたのである。

右手から枝垂れるように覆いかぶさるウラジロの群生を見て、この先の右手にはトクサランが群生しているはずだと、確信したのである。案の定、手に触れられそうな場所に1本のトクサランが咲いていた。ただ数十年の歳月は、植生にも変化をもたらしていた。

 

 

シダのウラジロやコシダが茂りすぎて、あんなにたくさんあったトクサランが随分と少なくなっていた。花茎が立っていたのは、手の届かない所にあと1本だけだった。

 *

トクサランは冬に咲くランである。11月頃から咲きだし、12月が最盛期、花は1月でも咲いているのが見られる。南国のランなので日本では鹿児島県の甑島や種子島、屋久島以南、沖縄県に分布する。あちこちで撮影しているが、トクサランと聞くと屋久島の一湊岳を思い出すのは、ここで大群生を見ているためと思われる。

はじめてここに来たのは1991年のことである(『山溪ハンディ図鑑山に咲く花の写真)。32年も前の話である。2000年頃までは登山者の姿もなく、誰とも会うことがなかった。花も多かった。最後にこの地を訪ねたのは2009年、このときは環境省の許可をもらい、林道の鍵を開けて四駆で上がったのだった。それももう14年も前の話である。

車両乗り入れ禁止のゲートから随分と歩いて登ってきたが、ここに来て目的の沢とはかなり離れてしまったことに気がついた。先ほどの沢音が聞こえていた地点まで戻って、そこから道のない沢に降りることにした。この日の目的は、屋久島で何十年も探したが見つからなかったシダを探すことだった。情報をもらっていたのである。

 

 

 

随分と無駄足をしたが、いよいよ道のない沢へと降り立った。薮漕ぎをしながら沢に沿って登ってゆく。水量はかなりある。この長靴で大丈夫かと不安になるほどの水量だ。水の少ない場所や対岸に渡りやすい石の上などを探しながら、なんとか靴下を濡らすことなく上流を目指した。冬とは言え草藪は深く、ツルに足を取られ、大岩を乗り越え、沢沿いが無理と思える場所は山の斜面を登って、沢につかず離れず登ってゆく。

そんなときだった苔むした石の側に可愛いトクサランを見つけた。これを撮らないわけにはいかない。時間は気になるもののじっくりと撮影する。そうこうしているうちに、今度は2本並んでトクサランが咲いている。これも撮らないわけにはいかない。

 

 

沢沿いの深い森でGPSが必ずしも順調なわけではないが、それでもより良い花を見つけると撮る。この沢沿いにはともかくトクサランが多かった。人がまったく入ってないせいである。あっちに1本、こっちに2本ときりがない。茎の下の方が終わっているランはスルーして、ともかく目的地までは登ろうと思っていた。

 

 

なるべくGPSが拾える天空が空いている沢の近くで、目的のポイントからはどんどんと離れて行っていることに気がついた。どうやら今登っているこの沢は、谷筋を1本間違えてしまったようだ。目的の沢はひとつ尾根を越えた、その先にあるようだった。それに気がつきドッと疲れが出た。今日はともかく敗退。これからまたまた大変だった道なき道を帰らねばならない。頑張って登って来たのにヤレヤレである。

こんなに大変な思いをして登って来たのだから、まったく同じ場所を戻るのも癪なので、対岸に渡って違う所を下ることにした。これがこの日最高のトクサランと出会うきっかけとなったのである。登って来た所よりも倒木が多く、またいだり下をくぐったりのかなり大変な場所に来てしまった。そんなときだった。倒れて苔むした杉の大木に、なんと4本も花茎が立って咲いている見事な株に出会ったのである。たたんでしまった三脚を再度しっかりと伸ばして、傑作を撮るべく、ああだこうだと色々考えながら、遅くなった時間を気にしながらもじっくりと撮影したのである。

 

 

同行してくれた友人いわく、きょうはトクサランを撮りに来たんだから、最高の株に出会えて本当にラッキーだったね、と。ううむぅ、そう考えれば最高の1日だったからいいか。でも、予備日の明日があるさ、と無理やり納得する自分がいたのだった。

 

撮影は2023年11月23日 屋久島で

 

 

永田芳男(ながた・よしお)

1947年生まれ。植物写真家。おもな著書に『山溪ハンディ図鑑 山に咲く花』『増補改訂新版 絶滅危惧植物図鑑レッドデータプランツ』(いずれも山と溪谷社)など多数。


★図鑑.jpのトクサランのプレビューページ

https://i-zukan.jp/category/syu?category_id=2732

 

 

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