永田芳男さんの日本全国花行脚
第20回 原生林にオオバシシランを探して ~鹿児島県屋久島~
『山溪ハンディ図鑑 山に咲く花』や『レッドデータプランツ』などでおなじみの植物写真家の永田芳男さん。髭がトレードマークで髭さんと呼ばれていましたが、いまでは髭も真っ白くなりました。三つ子の魂百までで、いまだに植物を追いかけて日本全国花行脚を続けています。旅先で出会った野生の草や木を主体に、時に花の名所なども兼ねて、永田さんが気になった植物をひとつずつ紹介していただきます。
オオバシシランは、屋久島だけに固有のシダである。ランと名前がついているがシダである。かつて標本が取られた場所を何度も探したが、環境が変わってしまったのか、かなり念入りに探したが見つからなかった。ことあるごとに10年くらいは意識して探していたが、ついに見つけることができなかった。
あきらめてから数年経って、オオバシシランがあったという情報をもらった。その情報とは緯度経度が書かれた数字だけ。よしこれで撮影できると勇んで屋久島にやって来たものの、前日は沢を1本間違えたようで徒労に終わった。
残された最後の1日。堰堤を懸垂下降で降りて対岸の斜面に取り付く。所々踏みあと程度の道が細々とつづく。全く道のない昨日とは雲泥の差だ。岩場をへつったり大変なことは大変なのだが、林床に草が少なく昨日よりはかなり歩きやすい。昨日あれほど咲いていたトクサランが1本も見当たらない。尾根を越えただけでこれほど植生が変わるものか。
写真=ようやく見つけたオオバシシラン
昨日は見ることもなかったチケイラン(これはラン科の花)が咲いていたり、はじめての場所と言うのは見るものすべてが楽しい。真っ赤なツチトリモチを見つけたりすると、冬なのだとしみじみと思う。何が出てくるかわからない所は、上も下もキョロキョロしながら歩くので歩行が遅くなる。
GPSは友人がしっかりと見ていてくれるので、今はただその場所をひたすら目指す。沢につかず離れずかなり標高をあげてきた。もはや踏みあとも定かではなくなって、オオバシシランがついていそうな岩場をチェックしながら移動する。場所的にはこのあたりなのですがという地点に到着して、それらしい場所を探すのだが、ない。その辺をぐるぐると歩いていると2人の距離はだいぶ離れてしまった。
友人の姿が後ろに見えなくなってしまったほど距離が離れてしまったので戻ることにした。緯度経度のポイント周辺を丹念に探していた友人の姿が見えてホッとする。彼が携帯で撮影した画像を見せる。エッ!これどこにあったの?と私。そこに写っていたのはオオバシシランらしい画像だったのである。その場所まで連れて行ってもらった。
写真=苔むした岩場に生えていた
見上げた苔むした岩場には、まさに憧れのオオバシシランが茂っていたのである。やっと出会えたか。オオバシシランを見るのは初めてである。ソーラス(胞子嚢群)をしっかりと確認してから、撮影をはじめる。三脚を伸ばし、カメラには長めのレンズをつけて、もう2度と会うことはないであろう念願だったシダを、アングルを変え、株を変え、何枚も何枚も丹念に写したのである。
写真=葉裏のソーラス(胞子嚢群)
写真=最初で最後の出会い……さまざまなカットを撮影した
この日の夕方、私にとっては身分不相応な高級な宿で、友人が誕生日を祝ってくれた。明日が私の誕生日。76歳になる。
2023年11月24日 鹿児島県の屋久島で撮影。
永田芳男(ながた・よしお)
1947年生まれ。植物写真家。おもな著書に『山溪ハンディ図鑑 山に咲く花』『増補改訂新版 絶滅危惧植物図鑑レッドデータプランツ』(いずれも山と溪谷社)など多数。
★図鑑.jpのオオバシシランのプレビューページ
https://i-zukan.jp/category/syu?category_id1096