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日本自然保護協会 自然しらべ2018応援企画

アリ学入門 ~身近な環境で垣間見る魅惑のアリの世界

2018-08-17

毎年、公益財団法人日本自然保護協会が展開している市民参加型自然環境調査「自然しらべ」の今年のテーマは「アリ」。今回は、その監修者で『日本産アリ類図鑑』(朝倉書店)の執筆者のおひとりの寺山守先生に、身近で深いアリの世界をご紹介いただきます。

「身近なアリしらべ!」の詳細はこちら→ https://i-zukan.jp/columns/129

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身近なアリ

アリは最も身近な生き物の一つである。野山はもちろん、市街地の公園や花壇、道ばたの植込みや人家の庭でも容易に目にすることができ、小さな子どもでも、庭や公園のアリの行列を観察することができる。例えば、家のちょっとした庭先でも10種以上のアリがしばしば生息しており、神奈川県の小学校12校の校庭を調べたところ、10種から29種(平均で16種)ものアリが見つかった。東京都内の緑地では、新宿御苑20種、目黒自然教育園36種、明治神宮51種と言った報告があり、都市域でも多くの種のアリが生息していることが分かる。

アリの種数は多く、日本で約300種が生息している。さらに食性や生息場所も種によって多種多様で、他の多くの動物や植物とも色々な関わりを持って生活している。さまざまなアリが身近に暮らしており、私達はアリ類の興味深い生活を容易に覗くことができる。

 

アリの社会生活

アリは基本的に女王と働きアリが一つの集団を形成し(コロニーと呼ぶ)、一定の場所に巣を作って生活する社会性昆虫である。働きアリは女王が産んだ子供である。親子が一緒に生活する単位は「家族」であるが、鳥類や哺乳類の家族と大きく異なる点がある。

母親である女王から産まれ育った子らは働きアリと呼ばれ、成虫となっても生殖能力を持たず、一生をコロニーのために働く点である。さらに、一般的な家族とは産み出される子の数が圧倒的に異なる。アリの大きなコロニーでは数万から数十万個体にも達する。そのために、野外で頻繁にアリと出会えることにもなる。

 

多様な生態 -女王がいないアリ、他のアリに寄生したり奴隷を使うアリ

 

身近なアリでも、さまざまな生活様式を持っている。先に、基本的に女王と働きアリが集団を形成すると言ったが、例えば公園で良く行列を組んでいるアミメアリ Pristomyrmex punctatusには女王が存在しない。働きアリが産卵して、巣仲間を増やしてコロニーを維持している。女王が存在しないアリは世界的に見ても大変珍しい。


図1 アミメアリ。ごく普通に見られるアリだが、女王が存在しないと言う世界的にも珍しい特性を持つ。真ん中の白い昆虫は餌となるシロアリの死骸。

 

トゲアリ Polyrhachis lamellidensやヒラアシクサアリ Lasius spathepus等のクサアリ類は一時的社会寄生(一時的にほかの種類のアリを利用すること)を行う。樹上性で、体の背面に顕著な刺を持つ特徴的な形をしたトゲアリは、女王が他の種のアリの巣に侵入しその巣を乗っ取ってしまう。本種は晩夏から秋に新女王が産まれ、その年の内に新女王がクロオオアリ Camponotus japonicusやムネアカオオアリ C. obscuripesの巣内に侵入し、それらの女王をかみ殺すことによって巣を乗っ取る。最初はクロオオアリやムネアカオオアリの働きアリがトゲアリの女王を助け、巣が維持されるが、これらが寿命で死んで行くと、やがてはトゲアリの女王が産み出す働きアリと入れ替わる。

 

 


図2 トゲアリ。樹洞に営巣し、クロオオアリやムネアカオオアリに一時的社会寄生を行う。

 


図3 テラニシクサアリとキイロケアリの混合巣。テラニシクサアリがキイロケアリの巣に一時的社会寄生を行なうことで、このような2種のアリが一つの巣に見られる。

 

侵入したコロニー内の相手の女王を殺さない様式になると、完全に一つの巣に2種のアリが生息するようになる。このようになったものを恒久的社会寄生と呼ぶ。寄生者が相手に完全に依存し、二次的に働きアリを生産しなくなった種まで見られ、日本ではヤドリウメマツアリ Vollenhovia nipponica等が該当する。ヤドリウメマツアリは、働きアリを欠き、河川敷に多く見られるヒメウメマツアリ Vollenhovia sp.の巣内で、女王とオスアリのみが見られる。


図4 ヒメウメマツアリの巣中に見られるヤドリウメマツアリの女王(有翅個体/矢印の2個体)。

 

サムライアリ Polyergus samuraiは奴隷狩りを行うアリとして有名である。クロヤマアリ Formica japonicaやハヤシクロヤマアリ F. hayashiを奴隷として使役するアリで、働きアリはこれらの巣を襲い、主にサナギを自分の巣に持ち帰る。サナギから羽化した働きアリは幼虫の世話、巣の修繕、餌探しと言った一連の仕事を行なう。その一方、サムライアリは一切そのような仕事をせず、巣中で奴隷個体から餌をもらい受けて生活し、奴隷の個体数が少なくなると巣外へ奴隷狩りに出かける。サムライアリの大あごはサーベル状に特殊化し、奴隷狩りを行なうには好都合であるが、日常的な仕事には不適な形をしている。


図5 奴隷狩りを行うサムライアリのサーベル状の大あご。

 

多様な食性 -あらゆるものを食べるアリ

アリの食性は多岐に渡っており、半翅目昆虫(アブラムシ類など)の甘露や植物の蜜を中心に集めるものから、捕食性でジムカデやトビムシ等の土壌動物を捕えて餌とするもの等さまざまである。同じ社会性昆虫でも、スズメバチやアシナガバチ、マルハナバチ類と比較しても、アリ類はいかに種数が多く、多様な食性を持っているかが分かる。さまざまな食性を持つアリ類は、生物群集の構造に広範に、かつ大きな影響を持って関わっており、他の昆虫類にとっては強力な捕食者でもある。

 

 

社会性昆虫類の比較 (表中の属数、種数は日本産属数、種数を表す)

  属数 種数 食性
  膜翅目      
アリ類 65 299 多様(植食性、捕食性、雑食性)
スズメバチ類 3 17 捕食性(主に昆虫類)
アシナガバチ類 3 12 捕食性(主に昆虫類)
ミツバチ類 1 2 植食性(花蜜、花粉)
マルハナバチ類 1 15 植食性(花蜜、花粉)
  ゴキブリ目      
シロアリ類 12 22 腐食性(朽木や落葉等)

捕食性のアリでも狭食性のものと広食性のものが見られ、例えば、ノコギリハリアリ Stigmatomma silvestriiは働きアリの体長の何倍もあるジムカデを狩って餌とし、ダルマアリ Discothyrea sauteriでは、クモの卵を専食する。ナカスジハリアリ Brachyponera nakasujiiはシロアリを専門的に捕食し、ケブカハリアリ Euponera pilosiorは比較的地中深くに巣を作り、ヒメキイロケアリ Lasius talpaのような土中性の他種アリ類を餌としている。一方、アギトアリ Odontomachus monticolaは広食性で、多種に渡って昆虫類を捕え、さらに死骸も巣へ運び込む。

 


図6 アギトアリ。大あごを発達させた大型のハリアリの一種。大あごで他の小動物を捕らえるが、死骸や有機物も運ぶ。

 

クロナガアリ Messor aciculatusは「収穫アリ」として良く知られ、春先に結婚飛行を行なうために巣口を開くが、その後巣口をまた閉じて、夏の間は地上には出て来ない。そしてイネ科やタデ科植物の多くが種子を実らせる秋に巣を開き、働きアリは盛んに種子を集めて巣に運び込み、蓄え、これらの種子を冬から夏にかけてのもっぱらの餌としている。

 


図7 クロナガアリ。イネ科やタデ科植物の種子を集め、餌としている。巣は深さ4mに達する。

 

カタアリ亜科とヤマアリ亜科のアリでは、多くの種が植物成分主体の液体食性で、花蜜や花外蜜腺からの分泌物、アブラムシやカイガラムシが出す甘露と言った液体食を主体に餌を集めている。これらの亜科の種は、液体食を大量に取り込めるように、腹部の背板と腹板が節間膜を介して大きく離れることで、腹部が膨らむ構造になっている。

 

多様な生息場所 -あらゆる場所に棲むアリ

アリはさまざまな環境に生息している。自然林から畑地、住宅地や公園等の人為的影響の強い環境にまで広く見られ、海抜2500mを越す高山のハイマツ林のみに生息する高山アリも存在する。海岸にもアリは生息しており、イソアシナガアリ Aphaenogaster osimensisやトゲハダカアリ Cardiocondyla itsukiiは、海岸の岩の割れ目等に営巣する。近年、沖縄島で真洞窟性のガマアシナガアリ Aphaenogasater gamagumayaaが発見された。ラオスで2003年に初めて真洞窟性のアリが発見され、それに次ぐ驚くべき報告である。従来、洞窟は餌資源が乏しく、アリのような多数個体で生活する社会性昆虫は生息できないと考えられていた。

営巣場所も土中から石下、落葉土層、腐倒木に営巣するばかりでなく、立木の枯れ枝や樹皮下に営巣するものも多い。アリ類の生息環境を考えた場合、生息地と営巣場所の2点を組み合わせて生態的特性として判断すると分かりやすい。

本州の平野部を例に取れば、住宅地や公園の路傍のような半裸地の環境でも、石下や草の根元に巣を作るトビイロシワアリTetramorium tsushimaeや、土中に巣を作るクロヤマアリ等がごく普通に見られる。

森林に生息する種は多く、林床部で落葉や落枝が堆積する落葉土層に、ウロコアリやカドフシアリ等が見られ、落葉土層の下の土中にはノコギリハリアリやテラニシハリアリ Ponera scabra等が生息する。樹上に営巣する種もいる。一本の木を見ても、枯れ枝や樹皮下にムネボソアリ Temnothorax congruusやハリブトシリアゲアリCrematogaster matsumurai、ウメマツオオアリ Camponotus vitiosus等の巣が見られる。トゲアリは立木のうろの中、特に根ぎわ付近の空洞に巣を作り、ハヤシケアリ Lasius hayashiやアメイロケアリ L. umbratusでは木の根際に巣が見られ、盛んに樹幹で活動する。

自然林の林床部で、1㎡に見られるアリの種数や巣数を調べた結果がある。暖温帯の照葉樹林(カシやシイ等の林)でのアリの種数は3.8-4.8種 (平均 4.2種)、巣数は4.7-9.1巣 (平均 6.8巣)と言う値が示された。冷温帯の夏緑樹林(落葉広葉樹林)では種数1.3-2.3種 (平均 1.7種),巣数1.3-2.8個 (平均2.1個)を示した。植林のアカマツ林でも種数1.0-3.4種 (平均 2.7種),巣数1.0-6.0個 (平均 4.1個)が示されている。個体数で見ると、日本の樹林では1㎡あたり100から1,000個体のアリが生息していると言える。

 

アリと植物との関わり

植物群落はアリ類にさまざまな生息環境を提供するが、さらに、アリ類は植物とさまざまな関係を結んでいる。例えば、日本でも多くのアリ散布植物が見られ、少なくとも500種が知られている。身近なものでは、スミレ、カンアオイ、ホトケノザ等で、これらの種子にはエライオソームと呼ばれるアリを誘引する付属物が見られる。

アリを引き付けるために花外蜜腺をもつ植物も多い。サクラやヘチマ、エンドウ等これらの植物はアリを引き付け、そのアリによって、チョウ、ガの幼虫や甲虫等の植食性の外敵を駆除してもらっている。

 

アリと他種動物との関わり

①アリと共生者

アブラムシやカイガラムシは、腹端から甘露と呼ばれる植物由来の液体成分を多く出し、これを餌として受け取りに多くのアリが訪れる。アリは食物を受け取る代わりに、寄生蜂やテントウムシ等のアブラムシやカイガラムシの外敵を追い払っている。食的共生関係と特に呼ばれている。これらのアブラムシやカイガラムシ類は、多くの種がアリと密接な関係を持っているが、ルーズな非依存的な関係が多く、種対種の強い種間関係を持つものは意外と少ない。

その中で、コナカイガラムシ科のアリノタカラカイガラムシミツバアリ Acropyga sauteriと究極の姿とまで言われる強い共生関係を持つことが知られている。ミツバアリはもっぱらカイガラムシが出す甘露を餌としており、働きアリはほとんど巣外に出ない。一方、カイガラムシはアリに守られながら、巣中に張り出した植物の根から養分を吸収して生活している。さらに、ミツバアリの新女王が結婚飛行を行う際、かならずこのカイガラムシ1個体を大あごでくわえて旅立つことが知られている。カイガラムシは形態的にも非常に特殊化しており、およそアリの巣外での単独生活は不可能であろう。

 


図8 ミツバアリとアリノタカラカイガラムシ。白色の個体がアリノタカラカイガラムシ。ミツバアリの巣内に限って見られる。

 

②アリと捕食者

個体群密度の高いアリ類は、他の様々な動物の餌にもなっている。大型動物の例では、ヒグマの胃から2.7 リットル分ものアリが出て来た事がある。クマゲラはアリを主要な餌として生活しており、ツバメも多くの飛翔中のアリ類を餌としている。アリを餌として狙う昆虫類は多いが、アリを常食としているクモも多い。たとえばアオオビハエトリは、アリの行列の近くで待ち構え、行列中の働きアリが持っているアリの幼虫やサナギを素早く奪い取る生活をしている。ミジングモ類は小形のクモで、網を張らず低木や草本から糸を垂らしてぶらさがり、アリが近づくと粘液をつけた糸をアリに引っ掛けてアリを捕らえる。


図9 クロヤマアリとアオオビハエトリ。

 

アリの巣内の居候

アリは通常、体表炭化物の組成の違いを使って、同じ巣の仲間とよその巣の個体を区別することができる。たとえ同種であっても、違う巣の個体どうしが出会うとしばしば激しい争いが起こる。ところが、このように仲間とよそ者をはっきりと区別し、よそ者を激しく排除しようとするアリの巣内に、まったく別の動物、たとえばヤスデ、ワラジムシ、コオロギ、シミ、アリズカムシやハネカクシ、アブの幼虫等が平気で入り込んでアリと一緒に生活している場面に良く出くわす。アリの社会に入りこみ、アリとともに生活するこれらの動物を「好蟻性動物」(こうぎせいどうぶつ)、あるいは「蟻客」(ぎきゃく)と呼んでいる。

アリの社会に溶けこみ、その巣の中で生活することの大きな利点は、基本的に身の安全がはかれることや、巣中に存在する多量の食物を容易に入手できることであろう。アリの巣は要塞にたとえられるほど、働きアリによって強固に守られている。よって、いったん受け入れられて巣の中に入り込むことができれば、好蟻性動物自身の身も守られることになる。また、巣内は外敵のみならず急激な天候の変化に対しても安全な環境であろう。さらに、アリの巣内には多量の食物や廃物が年間を通じて見られ、好蟻性動物は簡単にそれらにありつくことができる。また、無力なアリの卵や幼虫、サナギも格好の餌になり得る。

 


図10 トビイロケアリの巣から得られたアリスアブの幼虫(丸いもの)。アリスアブの幼虫はアリの幼虫や蛹を食べて生活する。昆虫には見えない特異な姿のため、海外でナメクジの一種として論文で報告されたこともある。

 

アリとシジミチョウ

シジミチョウ科の幼虫は、アリを誘引するための多くの特別な表皮性器官を持っており、これらを好蟻性器官(こうぎせいきかん)と呼ぶ。多くの種がアリとの関係を持ち、化学的、音響的、視覚的信号をアリに送り、アリの行動を利用してアリと関わり、アリの世界に入り込んでいる。アリはチョウの幼虫を捕食者や寄生蜂、寄生バエ等から守ってやり、代わりに幼虫の分泌腺から分泌される分泌物をもらい受ける。とりわけ、キマダラルリツバメ(共生種:ハリブトシリアゲアリ)、クロシジミ(クロオオアリ)、ゴマシジミ(ハラクシケアリ)、オオゴマシジミ(モリクシケアリ)の4種の幼虫は特定のアリの種と関係を持ち、そのアリの巣内に「蟻客」として迎え入れられ、巣内で餌を確保しつつ育つ。

 

おわりに

アリ類は、巣をつくり、女王を中心に複数個体がその中で集団として生活し、生物群集の中で高い現存量を示す。かつ、自然林から都市域の公園や路傍に至る人為的な環境までのさまざまな立地に生息する。そのため日本でも北海道から沖縄まで、どの地域においても最も目にとまる生物の一つである。また、アリの巣は複数年間維持されることから、年間を通じて採集や観察を行うことが可能である。社会生活を営み身近な存在であるアリ類は、古くから世界の多くの人々の興味を引きつけ、そのために「Myrmecology」(アリ学)と言う独特の言葉まであるほど注目されて来た。このようなアリを介して身近な自然に目を向けることで、多くの知的関心を引き出し、豊かな日本の自然への理解をさらに深める事ができると期待する。

 

                                                                 (写真提供:久保田敏、久保田栄、木野村恭一,酒井春彦)

 

寺山 守(てらやま・まもる)

1958年生。宇都宮大学大学院農学研究科農学専攻修了、農学修士。東京大学大学院研究生を経て同大学院博士号取得、博士(理学)。東京大学農学部非常勤講師。共著に『日本産アリ類図鑑』(朝倉書店)、『日本産有剣ハチ類図鑑』(東海大学出版部)、『アリハンドブック 増補改訂』(文一総合出版、9月20日発売)等多数。これまでに400種以上の新種の昆虫を記載。https://terayama.jimdo.com/

 

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