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「さえずりの違い」で新種発見!? メボソムシクイの秘密

2018-08-30
※本連載は、登山情報サイトYamakei Online内「YAMAYA」からの転載です
  

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こんにちは。NPO法人バードリサーチの高木憲太郎です。この記事では毎月(今後は隔月にさせてもらいます)、登山の際に出会える鳥を紹介していきます。皆さんに少しでも、鳥のことを知って、興味を持ってもらいたい。図鑑的な情報ではなく、彼らの生きざまを面白く伝えられたら嬉しいです。

 

今月ご紹介する鳥は、『メボソムシクイ』です。先月ご紹介したルリビタキと同じく、本州の中部山岳では標高1500m以上の亜高山帯や高山帯の樹林で繁殖しており、この標高では生息密度の高い鳥です。 

この鳥、以前はユーラシア大陸から日本全体にわたる広い地域で繁殖しているとされていたのですが、その中にどうもさえずりの違うグループがある、とバードウォッチャーの間で噂になっていました。そして、日本の研究者が、確かに、別種として扱うに値する違いが、メボソムシクイの中には含まれている、ということを明らかにしました。その鍵となったのは、DNAの塩基配列の違いだったかもしれませんが、きっかけは鳥の声を楽しんでいた一般のバードウォッチャーの気付きでした。

 

★図鑑jpで、メボソムシクイについて詳しく調べる

 
メボソムシクイ
メボソムシクイ(写真=板垣敬二)

 

 

メボソムシクイ

全長:13cm(スズメくらい)

外見:ウグイスに似て上面は淡い緑褐色で黄白色の眉斑がある。下面は白い。 

メボソムシクイの鳴き声は、バードリサーチの“さえずりナビ”の解説ページからどうぞ。

⇒鳴き声はこちら

 

鳥の声を可視化するソナグラム

メボソムシクイの仲間には、センダイムシクイやエゾムシクイなど、たくさんの近縁種がいますが、どれもそっくりな姿をしています。鳥の識別に長けたバードウォッチャーでも、姿だけで識別するのは至難の業です。しかし、種ごとに特徴的なさえずりを持っているので、ひと声さえずってくれれば、一耳瞭然。その声を確認してみましょう。

紙面で音を表現するのはなかなか難しいものです。カタカナ書きでメボソムシクイは「ゼニトリ、ゼニトリ、ゼニトリ」と表現されることが多く、「銭取り」と覚える人もいます。センダイムシクイは「チヨチヨビー」、エゾムシクイは「ヒーツーチー、ヒーツーチー」。「チヨチヨビー」には「焼酎一杯ぐぃ-」という聞きなしもあります。

ヒバリやモズのようにどう表現したらいいか迷う声もある中で、これらの鳥のさえずりは比較的文字で表現できる方です。しかし、どう聞こえるかは人それぞれです。

そこで登場するのがソナグラムです。音を絵で表現してしまう方法ですから、誰が見ても一緒です。縦軸に音の高さを表す周波数、横軸に時間、色の濃さで音の強さを表現します。

 

見比べてみましょう。メボソムシクイのさえずり(★鳴き声はこちら)は全体的に音の高さが低く、4つの音がセットで、間を空けずに繰り返されています。エゾムシクイのさえずり(★鳴き声はこちら)は他の2種よりも周波数が高く、また、ひとつひとつの音の上下方向の幅が狭くて、センダイムシクイ(★鳴き声はこちら)のように音程は途中で変化せず一定です。金属的で細い印象の音の特徴が出ています。 

ムシクイ3種のソナグラム
メボソムシクイ、センダイムシクイ、エゾムシクイのさえずりのソナグラム。縦軸が音の高さを表す周波数、横軸は時間

 

このようにソナグラムにすると、音の特徴を目で確認することができ、聞くだけよりも少し覚えやすくなると思います。最近の英語学習用ソフトの中には、ネイティブの発声と自分の発声をソナグラムで表示してもらえるものもありますが、きっと同じ理由だと思います。

 

 

ひとつの種の中に潜んでいた3種の鳥! 

姿を見ることが難しい森の小鳥の識別は、さえずりを頼りにしていますが、その声には個体差がありますし、地方によって少し音質やレパートリーが異なるなど、方言のようなものもあります。

メボソムシクイにも、冒頭に記載したように少し違う声が含まれていました。ですが、しかし、方言というには、違いが大きいようでした。

この問題に取り組んだのが、私の大学院時代の先輩、齋藤武馬さんです。齋藤さんは、北海道から九州まで、あちこちの山に登っては、メボソムシクイのさえずりを録音して回りました。また、メボソムシクイを捕まえて、体の大きさを計測し、DNA解析用にちょっと血を拝借してきました(鳥を捕まえるには、学術的な明確な目的と、環境大臣などの許可が必要です)。自分で出かけて行くことが難しい場所には、共同研究者が行きました。

下の写真は、八幡平の調査に私が同行させてもらったときのもので、14年も前になります。体の陰に隠れて少し見えにくいのですが、直径50cmぐらいのパラボラ型の集音マイクを持っています。遠くの声を少しでもクリアな音質で録音するために使用していました。

足しげく山に登り、研究室に帰ってからは、実験試薬とDNAシークエンサーと戦い(塩基配列を正確に解読するには、コツと技術が必要なようでした)、年月をかけて、ついに、齋藤さんは、一つの種だと考えられていたメボソムシクイは、コムシクイ、オオムシクイ、メボソムシクイの3種にわけられるという結論を導き出したのです。共著者と共にこの結論を論文として国際誌に投稿し、受理されたのは2011年2月のことでした。熱帯雨林を歩けば、次々に新種が見つかる昆虫とは違い、鳥で新種を記載するのは、たいへん大きな発見です。

 

 
八幡平で集音マイクを持つ齋藤武馬氏

メボソムシクイ

掲載ページへ

オオムシクイ

掲載ページへ

コムシクイ

掲載ページへ 

 

齋藤さんの描き出した地図によると、北ヨーロッパのスカンジナビア半島から海を越えた北米大陸のアラスカ西部まで広く分布しているのがコムシクイ、カムチャツカやサハリン、知床半島にいるのがオオムシクイ、本州以南の日本にいるのがメボソムシクイだということでした。

これは春から夏にかけての繁殖期の分布で、どの種も冬には南下して、東南アジアなどで越冬すると言われています(正確な越冬地の範囲は、まだわかっていません。ですが、最近、オオムシクイとコムシクイが渡り時期にタイを通過しているという発見がありました。こうした情報の蓄積によって少しずつ彼らの越冬地も明らかになっていくと思います)。

コムシクイのさえずり(★鳴き声はこちら)は、「ジィジィジィジィジィジィ」と同じ音を繰り返す単純な声ですが、本州では日本海側の離島などで稀に聞かれるだけで、滅多に聞くことができません。オオムシクイのさえずり(★鳴き声はこちら)は「ジジロ、ジジロ」と3音節のリズムを持っています。

本州でも春先などの渡りの時期には、オオムシクイのさえずりが聞かれることがあります。耳で聞いただけだと違いが分かりづらいかもしれませんが、オオムシクイのさえずりが3音節なのに対して、メボソムシクイは4音節なので、ソナグラムで見比べれば、違いが良くわかります(いや、これじゃダメですね。きれいなソナグラムならもっとわかりやすいのですが・・・)。


鳥のさえずりは、とても重要なのです。なぜなら、彼らが主に声で相手が自分と同種かどうかを区別したり、異性の心を射止めるためにさえずりを使用しているからです。

このように、進化の過程において、さえずりの進化は鳥の生活において重要な役割を持っています。声が違えば、種も違うのです。ひどく音痴な私は遠い未来、別種として論文に記載されるかも知れません。皆さんもぜひ、人とは違う声で歌い、新種を目指してみてください。

 

 
オオムシクイのさえずりのソナグラム(左)と齋藤武馬氏のサンプル採集地点。青丸がコムシクイ、黄丸がオオムシクイ、赤丸がメボソムシクイ

 

※文中からリンクした鳴き声は全てバードリサーチ 鳴き声図鑑のものです。


参考文献
Alström, P., Saitoh, T., Williams, D., Nishiumi, I., Shigeta, Y., Ueda, K., Irestedt,M., Björklund, M. & Olsson, U. 2011. The Arctic Warbler Phylloscopus borealis– three anciently separated cryptic species revealed. Ibis 153: 395-410.


高木 憲太郎
(たかぎ けんたろう)

NPO法人バードリサーチ研究員。全国の会員と共に鳥の生息状況の調査(最近はホシガラス)を行なっているほか、人と軋轢のある鳥の問題解決に取り組む。 

調査プロジェクト「ホシガラスを探せ!!」
http://www.bird-research.jp/1_katsudo/hoshigarasu/
このプロジェクトでは、ホシガラスの目撃情報を集めています。

 

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