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高山の森は野鳥が作る? 高山の鳥・ホシガラスとハイマツの実をめぐる物語
ハイマツ帯でよくみかけるホシガラスも、じつは1年中そのような
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こんにちは。NPO法人バードリサーチの高木憲太郎です。この記事では毎月、登山の際に出会える鳥を紹介していきます。皆さんに少しでも、鳥のことを知って、興味を持ってもらいたい。図鑑的な情報ではなく、彼らの生きざまを面白く伝えられたら嬉しいです。
今月ご紹介する鳥は『ホシガラス』です。ホシガラスは、ユーラシア大陸北部のタイガ地帯に広く分布するカラスの仲間です。日本では亜高山から高山にかけて生息し、秋になるとハイマツ帯の上空をたくさんの個体が行き交うようになります。彼らのダイナミックな生態を、紐解いていきましょう。
ハイマツの球果を咥えたホシガラス(写真=西教生)
ホシガラス
全長: 約35cm(キジバトくらい・街のカラスよりひと回り小さい)
外見: 嘴と翼は黒く、その他はほぼ全身黒褐色で、顔や胴は白斑に覆われている。下尾筒と尾羽の先端は白く、飛翔時に目立つ。
ホシガラスの鳴き声は、バードリサーチの“さえずりナビ”の解説ページからどうぞ。さえずりや地鳴きなどのほか、喧嘩の際の特殊な声なども聴くことができます。
亜高山針葉樹林を抜け出して山を登るのは、なぜ?
ホシガラスという名前の由来は説明するまでもないでしょう(ホシムクドリという鳥も黒い体に白斑が散りばめられた姿をしています)。切り立った岩の上や針葉樹の枝先にとまっているその姿は、比較的目にとまりやすく、登山を楽しむ皆さんにも親しまれています。
この鳥に与えられた岳鴉(だけがらす)という異名からは、高山の厳しい自然環境を共にした仲間だという登山者のまなざしが感じられます。
しかし、彼らも厳しい環境の高山に一年中いるわけではありません。小鳥たちのように美しい声でさえずることも、ホトトギスやカッコウのように大きな声で鳴くこともしないので、森の木々にまぎれると見つけにくいのは確かです。
ガァ、ガァ、ガァというしゃがれ声はあまり遠くまで届きませんし、同じカラス科の仲間のカケスやハシブトガラスの声と聴き分けてホシガラスの存在に気づくには、慣れが必要です。それでも、私たちが見逃していても、案外、彼らは亜高山帯の針葉樹林にいるのです。
食べものも針葉樹の種子などのほか、羽虫や甲虫、小鳥の雛などだと言われており、これらを森の中で食べているようです。子育ても、高山の岩場やハイマツ帯ではなく、針葉樹林の樹上に設けた巣で行ないます。
では、なぜ、針葉樹の森を抜けだし、ホシガラスは高山に姿を現すのでしょうか?
岩の上にたたずむホシガラス(写真=大塚之稔)
雛を守るホシガラスの作戦
疑問に取り組む前に、我が身を振りかえってみましょう。人間には、いろんな働き方がありますが、少なくない人が毎日のように、満員電車にすし詰めになって、オフィス街に通っています。この姿をホシガラスが空から眺めていたら、「何のためにそんなことをしているんだろう?」ときっと不思議に思うことでしょう。
しかし、効率よく働くために仕事場は市街の中心にあり、住んでいる家は郊外にあるのですから、つらくても、時間がもったいなくても、私たちは通勤しなければならないのです(私の事務所は幸いにも郊外にありますが)。
ホシガラスの理由も、そこにあります。彼らの生涯は、食べ物を確保して日々を生き永らえ、パートナーを見つけて、森になわばりを構え、巣を造って卵を産み、雛に食べものを与えて育てて、一人前にすることの繰り返しです。中でも一番大事なのは、如何にして巣にいる雛を外敵から守り、成長のための糧を手に入れるのか? です。
雛を守るためにホシガラスが編み出した作戦は、まだ亜高山には雪が残る3月ごろから巣造りを始めて、ヘビなどの捕食者が活発に動き出す前に雛を育ててしまおう、というものでした。
生息する地域も環境も巣の構造も何もかも違う鳥を引き合いに出しても、比較にもなりませんが、鳥の中には半分以上の巣がヘビに襲われてしまうものもいるぐらいです。下手な対抗策を講じるより、賢い選択のように思えます。
しかし、世の中、そう甘くはありません。そんな時期に、雛を養える食べものなど、亜高山の森林には存在していないのです。これは、もうひと工夫必要そうです。ホシガラスは、何を雛に与えているのでしょうか?
いくつものハイマツの球果がばらばらにされ、その中の実(種子)が抜き取られている(写真=西教生)
そこにハイマツの実があるからさ
ホシガラスの巣を見つけて、その繁殖行動を観察することができた日本の鳥類学者は指で数えられるほどしかいません。その中の一人が都留文科大学で講師を務める西教生さんです。大学で教鞭を執る傍ら、環境教育や環境調査などの仕事にも従事しつつ、時間を捻出して山に通い、鳥の研究を続けています。
西さんは、「ホシガラスの冬期の食物やヒナの食物の多くは貯食したハイマツやゴヨウマツなどの種子」だと言います。「貯食」というのは、カラス科の鳥ではしばしば見られる行動で、手に入れた食べものをすぐには食べてしまわず、物陰や地面などに隠しておき、食べものが手に入らない時に取り出して食べる行動です。
なるほど、この技を使えば、食物の少ない時期でも、幼い雛たちを飢えさせずに済みそうです。つまり、ホシガラスが高山に現れる理由は、「そこにハイマツの実があるからさ」というわけです。
秋にハイマツの実が熟すころになると、半年後の子育てを思い描きながら、せっせと高山に通い、ハイマツの球果から上手に実を取り出して、のどに詰めこみ、巣のある亜高山帯の林まで持って帰って隠します。これを日に何度も繰り返します。どの個体も懸命に働きますから、乗鞍岳のような広いハイマツ帯にはホシガラスがたくさん集まり、上空を行き交う飛影は途切れることがありません。
もし、この時期に飛んでいるホシガラスを見かけたら、のどのあたりに注目してみてください。ハイマツの間から飛び立って麓の方向に向かって飛んでいくときは、肉眼でもはっきりわかるほど喉が膨らんでいるはずです。
※なお、ホシガラスは、ハイマツ帯の周りの裸地にもハイマツの実を貯食します。貯食した場所は驚くほどよく覚えていると言われますが、中には忘れられてしまうものもあります。それらが芽吹くことで、ハイマツは分布を広げることができると考えられています。ホシガラスとハイマツの切っても切れない関係は、いったいいつから続いているのでしょうか?
乗鞍高原でホシガラスの調査をする西教生さん。ハイマツは撮影者のずっと後ろから奥の斜面全体を覆っていた。
麓から山頂に向かって飛ぶ富士山のホシガラス
山によっては、ハイマツが生えていない場所もあります。富士山もそんな山のひとつです。標高は十分にありますが、中部山岳の山々に比べると噴火した時期が新しい独立峰でハイマツがまだ侵入できていないのです。
そんな山で西さんが調査したホシガラスは、麓の森に点在するゴヨウマツの実を森林限界付近まで持ち上げて貯食していたのです。ハイマツのある山に生息しているホシガラスとは、まったく逆の方向に向かって飛び、貯食していたとは、驚きです。
しかも、その距離は10kmを越え、標高差1200mを持ち上げていたと推定されているのです。いつしか、ゴヨウマツが高山の環境に適応し、ハイマツのように密生する日が来るとしたら・・・。そのときは、ホシガラスは下から上にではなく、上から下にゴヨウマツの実を運ぶことでしょう。
山々に今あるハイマツ帯も、もしかしたら、ホシガラスが気の遠くなる年月の末に生み出したもの・・・と思うのは想像が過ぎるでしょうか。
ホシガラスのいる山、いない山
バードリサーチは個体数の減少など鳥たちからのサインをいち早く察知し、彼らの危機を未然に防ぐため、会員参加型の調査を全国で実施している団体です。水辺や森林、草原など環境によって生息している鳥類相は異なりますので、環境ごとにいろんな調査を実施しています。その中には一筋縄ではいかない調査環境もあります。その一つが高山です。調査地にたどり着くまでに1日以上登山しなければいけない場所を、平地の他の調査地と同じように調査することはできません。
皆さんもよく知っている高山のシンボル、ライチョウはよく調査されており、保護活動も展開されています。しかし、その他の高山性鳥類たちの生息状況はほとんど調べられていません。例えば、同じ中部山岳の山々でも、山によって、少しずつ環境や植生が違います。それに応じて鳥たちもいたり、いなかったりすることでしょう。
彼らがどの山にどれくらいいるのか、どういう環境を必要としているのか? 今の状況を記録しておかなければ、もし、近い将来、彼らの個体数が減り、絶滅の危機が迫ってきていたとしても、それを証明することができません。絶滅する直前になってから保護したのでは遅いのです。
そんなわけで、高山の鳥たちの生息状況を調査していくための、足掛かりとして、昨年から高山のハイマツの実を食べるホシガラスの分布を調べる調査を開始しました。ホシガラスの姿は登山者の方にもよく知られているため、この鳥を高山の鳥の代表として、最初に調査することにしたのです。
登山者の皆さん、求む! ホシガラス目撃情報!
登山者の皆さんのご協力によって、昨シーズン中に1628件の目撃情報が集まりました。今年も引き続き、目撃情報を集めてホシガラスのいる山といない山、ホシガラスが目撃される標高などを調べていきます。より多くの山から情報が集まることで、彼らが好む環境を明らかにしたいと考えています。
★ホシガラスを見かけた際には「ホシガラスを探せ!」プロジェクト
昨シーズンに目撃された地点は、ホームページに地図として掲載していますので、梅雨の間に登山の計画を練る際は、ぜひ一度ご覧いただけるとうれしいです。夏に行こうとしている山に、ホシガラスはいるでしょうか?ハイマツの絨毯は広がっているでしょうか?
高木 憲太郎
NPO法人バードリサーチ研究員。全国の会員と共に鳥の生息状況の調査(最近はホシガラス)を行なっているほか、人と軋轢のある鳥の問題解決に取り組む。 ⇒NPO法人バードリサーチ
調査プロジェクト「ホシガラスを探せ!!」
このプロジェクトでは、ホシガラスの目撃情報を集めています。 ⇒ホシガラスを探せ!! Webサイト