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糞を食べる!? ライチョウを守る大きな発見
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こんにちは。NPO法人バードリサーチの高木憲太郎です。この記事では毎回、登山の際に出会える鳥を紹介しています。今回紹介する鳥は、中部山岳でも特に高い山にのみ生息する鳥、ライチョウです。その生態は、毎日のようにライチョウと共に過ごして研究者の地道な活動によって、明らかにされてきました。特に5年ほど前に研究者が目撃した、とある行動は、ライチョウの保護の前進に大きく関わってくるのです。
夏羽の雄のライチョウ。日本では南北アルプスを中心とした高山帯に棲む(写真=小林篤)
ライチョウ
全長:約37cm(ニワトリより小さい)
外見:冬は雌雄とも尾羽以外のほぼ全身が真っ白の羽に覆われているが、繁殖期になると雄の目の上の赤い肉冠が目立つようになり、夏羽になると体上面は黒褐色の羽に生え変わる。雌の夏羽は黄褐色と黒褐色と白色の横斑模様をしている。ライチョウは年3回衣替えをする鳥で、雛が生まれると2回目の換羽が始まり、初冠雪が記録される10月頃には雌雄とも細かい横斑から成るくすんだ灰褐色の秋羽となる。
ライチョウの鳴き声は、バードリサーチの“さえずりナビ”の解説ページからどうぞ。
高山に取り残されたライチョウの生きる術
ライチョウはユーラシア大陸北部や北アメリカ大陸北部に広く分布している鳥です。氷河期に分布を南に広げ、最終氷期の終わりとともに、また北へと分布域の南限を北上させたと考えられています。分布域が縮小する過程で、北ではなく高標高地へ逃げて取り残されたのが、日本の中部山岳に分布するライチョウたちです。このように高山に取り残された個体群は、ヨーロッパのアルプス山脈やピレネー山脈にもいますが、緯度で考えると日本が最も南に位置しています。
高山に分布するライチョウと北極圏に分布するライチョウでは、生息している環境が違うため、その生態にも違いがみられます。分布域の北の端にあたるノルウェー領のスヴァールバル諸島のライチョウたちは、厳しく長い冬を乗り切るため、秋のうちにたくさん食べて脂肪をつけ、夏の2倍にまで体重を増やすと言います。しかし、中部山岳のライチョウは、亜高山帯まで下りてダケカンバの冬芽をついばむことができるためか、秋に太ることはないのです。
春になって雪が融けると彼らの主食となる常緑矮性低木の葉が顔を出します。5月になると雌は低地から吹き上げられてきた昆虫を探してついばむようになり、7月になると遅れて雪が融ける雪田の草本植物が彼らのメニューに加わります。この雪田の草本植物たちは生まれたばかりの雛にも柔らかく食べやすい餌として重要な役割をはたします。9月になると矮性低木の実やハイマツの球果、草本植物の種子などをついばむ割合が増えます。このように、季節的に少し場所を変えつつ、高山のさまざまな食物を見事に使い分けて、比較的少ない体重変化で一年を生き抜いているのです。
巣を造る場所にも違いがあります。北極圏に生息するライチョウの巣は、平坦な草地の上や岩の間など、捕食者の視線を遮るものが少ない場所にあるのですが、中部山岳のライチョウの巣は背の低いハイマツの茂みの下にあり、捕食に会うリスクが少ないのです。そのため、卵の孵化に成功する巣の割合も、低地の約50%に対して、約70%と高い傾向があります。
このように、日本の高山に隔離されたライチョウは、その環境に応じた独自の生態を持っているのです。また、他の個体群と1,300kmも離れて隔離されていること、気温の上昇による生息地縮小の可能性や後に紹介する捕食者の増加など絶滅や減少のリスクが高まっていることなど、日本の個体群を守らなければならない理由はたくさんあります。
ライチョウを守るための活動を行なっている研究者の一人に小林篤さんという方がいます。彼は信州大学の中村浩志先生に卒業研究のときから師事して、ライチョウとその研究について一から学び、その後10年にわたりこの鳥の研究と保護に取り組んでこられました。先に紹介したライチョウの食物の季節変化も、小林さんが乗鞍岳で記録した46,523回のついばみ行動によって明らかにしたものです。その小林さんが今メインテーマとして扱っているのが、ライチョウの雛の糞食についてのものです。この行動には、実はとても重要な意味が隠されていました。
その話に移る前に、まずは、中村さんや小林さんたちライチョウの研究者が国や自治体などと共に進めている保護の取り組みについて、ご紹介しましょう。
ライチョウの観察をしている小林篤さん。人を恐れない日本のライチョウには、ここまで近づいても全く人を意に介さない個体も多くいる。(写真提供=小林篤)
雛に襲いかかる脅威
中部山岳のライチョウの卵の時期の生存率が北極圏より高いことはご紹介しました。この数字を導き出すには、長い年月をかけた地道な努力が必要です。中村さんは2001年から北アルプスの最南端に位置する乗鞍岳において、個体の標識に基づいた詳細な研究を始めました。小林さんもこの調査に2009年から参加しはじめました。中村さんと小林さんは、雌の行動を追ったり、ハイマツをくまなく歩いて飛び立った雌を目印に、何年もかけて91巣の巣を見つけました。
そのあと、つまり孵化したあと、雛の時期の生存率はどうでしょうか。孵化後5~6週目までの生存率は、北極圏では70%を超えるのですが、乗鞍岳で中村さんや小林さんたちが調査したところ、50%を下回ることがわかりました。
ある日6羽の雛を連れていた親鳥が、翌日には1羽の雛しか連れていなかったこともあったそうです。孵化後1か月の主な死亡原因は雨です。その時期はちょうど梅雨にあたり、孵化直後に雨が降ると多くの雛が死亡するそうです。生まれたばかりの雛は自分で体温調節ができないため、冷たい雨に打たれてしまうと体温が下がるほか、餌をとる時間が短くなることも影響していると考えられています。梅雨明けが早く孵化時期に長雨のなかった年は雛の死亡率が低かったというデータも得られています。北極圏には梅雨はないので、その差が数値に表れたのだと考えられています。
ただし、小林さんたちは、雛の高い死亡率は雨だけではないと考えています。もう一つの原因が、近年高山に侵入し目撃頻度が高くなっている哺乳類や猛禽類などによる捕食の増加です。かつて高山で繁殖していたライチョウの捕食者はオコジョだけで、他には時々高山帯に飛来するイヌワシやクマタカなどしかいませんでした。保護色になるよう換羽したり、ハイマツに身を隠したり、猛禽が飛ぶ晴れた日はできるだけ開けた場所に出ないようにすることで、ある程度捕食を回避することができていたのです。しかし、キツネやテン、ハシブトガラスやチョウゲンボウなどこれまで高山にはいなかった捕食者が増加し、これら新しい敵に対してライチョウが有効な対抗策を持っていないとしたら……。結果は想像に難くありません。
想像を超える保護の取り組み
乗鞍岳での研究結果を基に中村さんは、ライチョウの保護のために、彼らの繁殖地にケージを設置して、そこに孵化して歩き始めたばかりの雛とその母親を誘導し、雨や外敵から守る方法を考えました。死亡率が高い孵化後の時期を守ってやれば、必要以上の手助けをせずに、野生の生態を保ちながら、雛たちの生存率を高めることができます。しかし、何日もかけて少しずつ誘導してケージに入れ、ケージ収容後は毎日外に出して人間が付き添い、日が暮れるまでにケージに戻すのです。孵化後、雛が独り立ちするまで、カルガモのように母親が雛を連れて歩いて、食べものなどを教えながら育てるライチョウだからこそできる方法ですが、飼育施設で飼うのに比べて、どれほど大変なことでしょうか。
幾重にも保護の網がかけられた国立公園内における保護であり、高山という特殊な環境に適応した鳥の保護ですから、飼い鳥とは違うのです。中村さんの書かれた本を読んでいただくと、慎重に、順を追ってこのケージ保護のプロジェクトを進めてこられたことがわかると思います。
北岳に設置されたライチョウ保護用のケージの一つ(左の青いもの)。2016年以降は同じようなケージを3つ設置して、それぞれに1家族を誘導し保護している。奥の山が北岳(3,193m)、右手の赤い屋根がケージ保護期間中に中村さんや小林さんが滞在していた北岳山荘。(写真=小林篤)
毎日の散歩で勢いよくケージから出るライチョウの雛たち(30日齢程度)。雛たちは晴天時1日2回、各数時間の散歩に出る。成長した雛にはケージが開くと飛んで出てくる個体もいるが、逃げてしまうことなく再びケージに戻る。(写真=小林篤)
雛が母親の糞をついばんだ!
ケージ保護を進める過程において、とある発見がされました。その話を最後に紹介したいと思いますが、その前に、ライチョウの体の仕組みについて、説明しましょう。
ライチョウには、人間とは違い立派な盲腸があります。小腸と直腸の間に繋がるライチョウの盲腸は左右に一つずつ、二つあり、その長さも成鳥では30cmになるそうです。盲腸は植物食の鳥やウサギなどの哺乳類で発達していて、植物の細胞を構成するセルロースなどを分解できる細菌をそこに共生させています。鳥や哺乳類は自分の持つ酵素では分解できない食べものを細菌の力を借りることで消化しているのです。この盲腸から出る糞は盲腸糞と呼ばれ、普通の糞と形状が違います。簡単に言えば、普通の糞よりもゆるい糞で、見た目で見分けることができるのです。
生まれてから3日目の雛をケージから外に出して見守っていた際、その発見はありました。母親のお腹の下で温められた雛が顔を出すと、母親が雛たちの前で盲腸糞をしました。すると、母親がした盲腸糞に雛たちが集まり、一斉についばみはじめたのです。
このような行動は、鳥ではとても珍しいものでした。中村さんたちは、この行動が、雛が植物の消化に必要な腸内細菌を母親から受け継ぐための行動であると考えました。この発見は、これから述べるライチョウを生息地の外側で保全する域外保全を行う上で大きな力となっていきます。
ライチョウの個体数を回復させるために
ライチョウの保護は、文部科学省、農林水産省、環境省の合意に基づく保護増殖事業として実施されています。この事業では、対象の動植物の脅威を取り除いたり、生息環境を整えたりすることだけでなく、多面的に個体数を回復させる事業が実施されます。ライチョウでは、野生個体の巣から卵を採取し、人工的に孵化させて、飼育し、育てた雛を野生に戻す域外保全という取り組みがケージ保護と共に進められています。
しかし、人工飼育には課題があり、孵化後2、3週間で半数近くの雛が死亡してしまうのです。これは、海外での人工飼育でも同じだそうです。雨や捕食者といった脅威がないことを考えると、野生下よりも死亡率はかなり高いのですが、その原因は長い間謎とされていました。
そこに、雛たちが盲腸糞を食べたという発見が光をあてます。この発見がもとになり、当時京都大学にいた牛田一成さんを中心としてライチョウの腸内細菌を研究するプロジェクトが立ち上がりました。野外での調査や保護活動を手掛ける小林さんの存在は、この研究において欠かすことのできないものだったと思います。そして、この研究によって、野生の雛は孵化後1週間ほどで成鳥と同じ腸内細菌を獲得している一方で、人工飼育下の雛は細菌の数も少なく、種類も野生のライチョウが持っている細菌と違うものばかりだということが明らかになったのです。
腸内細菌には、消化を助けるもののほか、植物が持つ毒を解毒することができるものも確認されています。ライチョウの腸には4千種もの細菌が共生しているそうです。ライチョウが生きていくためには、遺伝子以外にも、親から受け継がなければいけないものがあったのです。この知見が、ライチョウの保護を大きく前進させることを願ってやみません。
もし、皆さんが登山の際にライチョウに出会って、少しでも、彼らの奥深い生態や、彼らを守るために力を尽くしている研究者のことを思い出していただけたら、うれしいです。
高木 憲太郎(たかぎ けんたろう)
NPO法人バードリサーチ研究員。全国の会員と共に鳥の生息状況の調査(最近はホシガラス)を行なっているほか、人と軋轢のある鳥の問題解決に取り組む。
調査プロジェクト「ホシガラスを探せ!!」
http://www.bird-research.jp/1_katsudo/hoshigarasu/
このプロジェクトでは、ホシガラスの目撃情報を集めています。