Close modal
無料トライアル

きのこ分類最前線

DNAによって変わるきのこの分類

2018-07-18

ただでさえ「同定」が難しいきのこの仲間ですが、「分類」もまた、絶えず流動して把握が困難です。種の分割や統合、属や科の移転は日常茶飯事。さらには腹菌類、ヒダナシタケ類、異形担子菌類などのように、グループごと解体されてしまうこともあり、古い図鑑はもとより、僅か数年前の知識が役に立たないということもしばしばです。菌類分類学の歴史は決して浅くありませんが、何が近年の劇的な変化をもたらしたのでしょうか?…そう、『日本のきのこ 増補改訂新版』(山と溪谷社/2011年)の冒頭でも大きく取り上げられているのでご存知の方も多いと思いますが、最大の要因は、DNA(塩基配列)情報に基づく分子系統分類学の発展です。 

 

菌類の研究者はきのこを主にサイズ、形状、色などの「形態形質」に基づいてグループ分けしてきましたが、DNA情報を調べてみると従来のグループの多くが、進化の歴史を反映していない、いわば人が勝手にまとめてきたグループ(人為分類群)であることが判明しました。言い換えると、従来同じグループとされてきたきのこ同士には「他人の空似」が多数含まれていたのです。また、解体された腹菌類のきのこには、実はそれぞれに対応する「(傘と柄を持つ)きのこ型のきのこ」があることも知られています。「ヌメリイグチ」と「ショウロ」は一見似ても似つかない形をしていますが、DNA情報により近縁性が示された有名な例です。実はこの関係は、形態を基に立てられたDNA以前の仮説が証明された例でもあるのですが、その後のポスト分子時代 (post-molecular era) には、まずDNAによる「ヒント」が先にあり、その手掛かりを基に検討すると細部の形態が似ていることに気付かされる、という例も多くなりました。

 
図 DNA解析による最新の科の円形系統樹(GraPhlAn による MycoBank 収載の菌類で作製したもの)

 

さて、ここまでの話は主に「綱」や「目」などの上位分類群に当てはまるものでしたが、「属」や「種」のレベルでも、DNAの解析による「新発見」は枚挙に暇がありません。特に日本のきのこ学においては、黎明期から分子系統解析の登場(1990年代)にかけて、当時進んでいた欧米の研究成果を参照し、日本産のきのこに欧米発の学名を当てはめることが盛んに行われてきました。もちろんその際には慎重な比較検討がなされたのですが、それでも後年DNAにより実は別種と判明することがあり、現在も未解明の部分が多く残されています。つまり、今度は先程挙げた例とは逆に、DNAの「ヒント」を契機に再検討すると、微妙な形態形質の差異や、互いに交配不可能であることなど、別種であることを示す証拠が露わになったということです。


写真=2002年にテングタケから分けられるかたちで新種記載されたイボテングタケ

 

例えば「タマゴタケ」、「イボテングタケ」などがそれに該当しますが、最新の知見では私たちの食卓にも馴染み深い「キクラゲ」や「アラゲキクラゲ」も、再検討の結果異なる種に再同定されており(白水ら, 2018)、さらに前者については、従来単一の種とされてきたものが複数種からなっていたことも明らかにされています。昨年、我々が慣れ親しんでいる貝類の「サザエ」に実は正式な学名が与えられたことがないことが判明し、「新種」として記載されたことが話題になりましたが、きのこの世界ではこれまでも頻繁に起こってきたことですし、これからもまだまだその傾向は続くことでしょう。

…と、他人事のように言ってしまいましたが、状況は楽観的ではありません。ところで最近の中国発の研究で、「キクラゲ」「マンネンタケ」「メシマコブ」にそれぞれ"Auricularia heimuer"、"Ganoderma lingzhi"、"Inonotus sanghuang"といった学名が与えられましたが、これらの共通点が分かりますか?…そう、いずれも中国語(「黒木耳」「霊芝」「桑黄」)をそのまま学名にしたものなのです(厳密にはラテン語化された中国語)。筆者がこれまでに読んだ論文を集計したところ、中国からの報告は日本の約5、6倍に及んでいました。中国をはじめ、ブラジル、インド、トルコなどの国々(筆者は「BRICs」をもじって「BTICs」と個人的に呼んでいます)は菌類学の基礎研究が特に活発な印象です(質的にはピンキリですが…)。大規模な学術研究は資金なしには成し得ないものですから、これらの国々では研究者に相応の経済的援助がなされているのだと思われます。そしてそれは、菌類分類学の重要性が公に認められていることの証左とも言えるでしょう。

今関六也先生は『原色新日本菌類図鑑』(保育社/1989年)の序文(*)と後書で、「日本の菌類分類学の低調」を厳しく指摘しておられますが、菌類研究者の層が薄い状況は未だに変わらず、日本にも分布するこれらのきのこの「分類最前線」を他国が牽引している状況に危機感を覚えずにはいられません。アマチュアの間では、同種とされるきのこが広葉樹林と針葉樹林のもの、大型と小型のもの、色が微妙に異なるもの…などで別種と「噂される」ことがしばしばあります。発生時期や色が異なるタイプが実際に別種だと判明した「オソムキタケ」の事例のように、深く掘り下げれば新発見に繋がりうる「手掛かり」は数多く認識されています。しかし、北米産菌類相調査プロジェクトのスローガンの通り、"without a sequenced specimen, it’s a rumor(塩基配列データを伴う標本がなければ、ただの噂)"なのです。それにもかかわらず、筆者を含むアマチュア研究者にとっては、目の前の標本のDNA情報へのアクセスは一般的に困難です。日本の菌類分類学がやがて「分類最前線異状なし」と言える日を迎えるためには、専門家がアマチュアの持つネットワーク、フットワーク、フィールドワークの強みを今以上に取り入れ、標本を全国から集約し、DNAデータを収集し、学術論文という成果を発表する、という一連の流れを盤石なシステムとして成立させることが必要だと考えます。


★『原色新日本菌類図鑑』今関六也先生の序文は図鑑jpのサンプルページから、どなたでもご覧いただけます↓



引用文献

白水貴・稲葉重樹・牛島秀爾・奥田康仁・長澤栄史 (2018) 日本産 “Auricularia auricula-judae” および “A. polytricha” の分子系統解析と形態比較に基づく分類学的検討. 日菌報 59:7-20

 

 

中島 淳志(なかじま・あつし)

1988年生まれ。アマチュア菌類愛好家(マイコフィル)。著書に『しっかり見わけ観察を楽しむ きのこ図鑑』(ナツメ社/監修:吹春俊光・写真:大作晃一)がある。全菌類の横断検索データベース「大菌輪」を運営。http://mycoscouter.coolblog.jp/daikinrin/

 

関連する種:イボテングタケ

きのこ分類最前線

最新コラム