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きのこ分類最前線

【転載】シモコシはかくして毒菌になりにけり(後編)

2020-01-24

今でも多くの愛好家に「食べられるきのこ」として知られているシモコシが、最近の図鑑では「毒」になっています。その謎に迫ったコラムの後編です。前編はこちら。(事務局)

*本コラムはきのこのポータルサイト「きのこびと」に掲載されているものを、ご厚意により転載(一部改変)させていただいたものです。

 

 

 

キシメジとは何ものか?

 

以前、Facebookの自分のタイムラインにこんな投稿をした。

 

シモコシ01

 

「シモコシ」(霜越)

キシメジと見た目そっくり、出るタイミングも一緒という風に聞いた。じゃあ、どういう風に見分けるのか? 齧って苦いのがキシメジで、苦くないのがシモコシらしい。でも、もうちょい掘り下げて特徴を調べてみました。

 

シモコシは

・松林に出る(キシメジは広葉樹)

・キシメジよりがっちりしている

・傘表面が硫黄色

・キシメジは柄も黄色

…という感じですね。

なので、これは明らかにシモコシ。

でも、肝心なのは齧ってないのよね ww

 

 

シモコシについて偉そうに書いてますが(笑)、ただ肉眼的な特徴で判断するとそんなにも外れてはいないんじゃないかと思える……一点を除いては。

 

上記文章の中で「齧って苦いのがキシメジ」という一文がある。

 

これはネットの情報にもそういう記述が見られたし、『山溪カラー名鑑 増補改訂新版 日本のきのこ』(山と溪谷社)でも「肉には少しほろ苦さがある」という記述があるので、そういう判断材料があってもおかしくない。

 

しかし、東京農業大学の橋本貴美子先生が中心になって調査された報告書「横紋筋融解性を有するきのこの毒性と分類」を読んでいくとこんな記述が出てくる。

 

4.3.採取された菌類から判明したこと

(1) 「キシメジ」として送られてくるキノコには主にカラキシメジ(T.aestuans )、シモコシ、キシメジの3種であり、時々これ以外の黄色いキノコが混じる。カラキシメジの認知度が低いためか、カラキシメジが送られてくることが多い。

(2) カラキシメジは生のままだと、口に入れただけで苦味を感じる。苦味の程度は個体によって様々であり、ほろ苦いものからかなり苦いものまである。「キシメジは苦い」という情報が流布されており、このためにカラキシメジをキシメジと思いこんでいる人が多い。

 

横紋筋融解性を有するきのこの毒性と分類

https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-25560409/25560409seika.pdf

 

この中で注目は

『キシメジは苦い』という情報が流布されており、このためにカラキシメジをキシメジと思いこんでいる人が多い」ですね。まさにその「思い込んでる人」であります、ワタクシ(笑)。

 

じゃあ、キシメジというのはいったいどんなものか? と考えたときに「キシメジ」らしきものを見たことがないことに気づいた。

ただ、2019年に黄色いキシメジ科らしいものを見つけた。

 

これです。

 

シモコシ02

(2019.11.02 神戸)

 

シモコシ03

(2019.11.02 神戸)

 

 

で、「これもしかしてキシメジじゃない?」と菌友に聞いたところ、「ニオイキシメジ」か「カラキシメジ」じゃないか? とのこと。

 

ニオイキシメジか? カラキシメジか?

 

確かに、この写真だけ見てると少なくともシモコシとはまったく質感が異なります。キシメジ自体は見た目ほとんどシモコシと変わらないということなので、これはキシメジではないのでしょう。

 

では、カラキシメジはどうか? というと、上記「横紋筋融解性を有するきのこの毒性と分類」の中で「カラキシメジをキシメジと思いこんでいる人が多い」という記述がありますね。なのでカラキシメジはキシメジと良く似ているのだろうと思われます。

 

実際ここ(http://s-kinokonokai.sakura.ne.jp/kinoko/common/karakisimezi.htm)の写真を見る限り、カラキシメジはキシメジとシモコシに質感がとってもそっくりである。

 

では、これはニオイキシメジなのか?

 

匂いはそれほど感じませんでしたが、osoさんのページ(http://toolate.s7.coreserver.jp/kinoko/fungi/tricholoma_sulphureum/index.htm)で見る限りニオイキシメジとの肉眼的特徴には合致していると思われます。

 

…ってことで残念ながらこれは「キシメジ」ではない、と判断していいかと思いますし、限りなくニオイキシメジに近い、と言っていいかと思います。

 

 

さまよえるキシメジ

 

じゃあ、キシメジってどんなのだろう? ちょっと原点にもどって特徴を見てみましょう。

 

キシメジ Tricholoma flavovirens (Pers. : Fr.) S. Lundell

次種(*事務局注:シモコシ)に酷似するが,全体に黄色が濃く,柄はやせ形でひだはレモン色, 肉には少しほろ苦さがある,などの点で区別される。しかし生長した個体では,両種の肉眼的な区別は必ずしも容易でないことがある。秋,マツ林のほか,コナラ・ミズナラなどの広葉樹林にも発生し,キンタケと呼ばれて食用にされてきた。おそらく北半球一帯に分布。

最近、 T. equestre による死亡例を含む中毒事例がヨーロッパで報告された。この種を次種のシモコシ及びキシメジと同一種とする学者もいる。

『山溪カラー名鑑 増補改訂新版 日本のきのこ』(山と溪谷社)より

 

 

2つポイントがあります。

 

1.T.equestre による中毒事例がある

2.シモコシと同一種とする学者もいる

 

1に関しては「前編」の方で書いたが、フランスとポーランドでキシメジの近縁種 T.equestre を食べて発生した食中毒により、T.equestre 自体は毒キノコとなってしまった。

 

で、そのとばっちりを受けてキシメジも毒キノコとなったわけであるが、なぜ種が違うのに毒キノコ扱いになったのだろうか?

少なくとも学名からして「Tricholoma flavovirens」と「Tricholoma equestre」とは全く異なっている。

 

違う種なのに一緒くたに「毒キノコ」扱いされるのっておかしくね?

 

誰しもこういう思いを抱くであろう。

 

しかしである。キノコの検索サイト「Index Fungorum」で「Tricholoma flavovirens」を検索してみて思わず目を疑った。

 

fi

(Index Fungorumで「Tricholoma flavovirens」を検索)

 

この画像の中の赤線で囲まれている部分を見て下さい。

「Species Fungorum current name」(現在の学名)の下にこんな文字が見えますか?

 

Tricholoma equestre (L.) P. Kumm. 1871

 

こ、これってフランスやポーランドで食中毒があったキシメジの近縁種の学名と一緒ですよね? (@_@;)

 

これは何を表しているかと言うと Tricholoma flavovirens という学名のキノコはいろいろ調べた結果、 Tricholoma equestre と同じだった、ということなのですな。つまり Tricholoma flavovirens という名前はシノニムとなり、本当の学名は Tricholoma equestre なのです。

 

ということは、少なくともIndex Fungorum 上では和名キシメジと T.equestre は同一のキノコ、ということになります。つまり、キシメジは死亡例がある毒キノコであると。

 

ということで、最新の図鑑『青森県産きのこ図鑑』(アクセス21出版)を見てみると、なんと「キシメジ」単独の説明はありません(シモコシの項に少しだけ記述があります)。

*書影をクリックするとAmazonに飛びます

 

ってことはもう「キシメジ」というキノコは存在せず、海外の T.equestre と同一のものと考えて良いのでしょうか? それとも学名が同じにされちゃったのにも関わらず別種ということなのでしょうか?

 

 

さまよえるシモコシ

 

シモコシ04

(2019.11.10 神戸)

 

キシメジ科のご本家「キシメジ」はさまよいのど真ん中にあるように見えます(笑)。

 

では、キシメジにそっくりのシモコシはどうなのでしょうか?

 

シモコシ  Tricholoma auratum (Paulet) Gillet

傘は径5~10cm,まんじゅう形から中高の平らに開く。表面は湿っているとき粘性があり,淡黄色で,中央一部は帯褐色,しばしば小鱗片を生じる。ひだは緑黄色,密。柄は長さ4~7cm,太短く,幼時はそろばん玉状で淡黄色。肉はほとんど白色,苦味はない。胞子は6~8×4~5 um, 10~11月ごろ,主に砂地のマツ林に発生する。北半球一帯。

『山溪カラー名鑑 増補改訂新版 日本のきのこ』(山と溪谷社)より

 

これは今年の11月、神戸で見つけたシモコシだと思われるキノコです。

 

シモコシ05

(2019.11.10 神戸)

 

松林の中で見つけたこと。柄は白く、太く、傘から全体のイメージがずんぐりむっくりしたスタイル。齧ると苦味はなく、むしろ旨味すら感じます。

少なくとも肉眼的にはキシメジとは別種の様に見えますがどうでしょう?

 

そこで同じ様にIndex Fungorumでこの「Tricholoma auratum」を検索してみました。

 

(Index Fungorumで「Tricholoma auratum」を検索)

 

すると驚いたことに、 Tricholoma auratum も、今や Tricholoma equestre のシノニム(旧名)になっているではないですか!!(@_@;)

 

これは学名レベルで見れば Tricholoma auratum であるシモコシはフランスやポーランドで食中毒を起こした Tricholoma equestre と同一種になった、と考えて良いかもしれません。

 

ってことは「シモコシも毒キノコ」なのでしょうか???

きっと「食べ菌さん」たちから言わせると、キシメジとは明らかに「味」が異なるのに同一種のわけない!!

 

って強く主張することでしょう(あぁ、目に浮かぶわぁ~ w)。

味が種を分ける要素になるかどうか、なかなか微妙なものがありますが(少なくともシモコシでは)、このシモコシの謎はどう解釈すれば良いのでしょうか?

 

ここで2つの仮説を立ててみることにします。

 

1.シモコシはキシメジ(T.equestre )とは見かけ、味などの違いはあるが、それは発生環境による影響であり、実は同じ種である。

 

2.シモコシは T.auratum という学名はついているものの、もっと詳細に検証すると、実は別種である。

 

2の場合、シモコシは新種である可能性が出てきます。

 

例えばつい最近、信州大の山田准教授により新種記載されたアンズタケ(Cantharellus anzutake )のように、遺伝子レベルで解析していくとシモコシも新種(Tricholoma shimokoshi とか?) として発表される可能性も十分にありえます。

 

しかし、1の場合だと、シモコシは T.equestre であり、つまりは「毒キノコ」ってことになるのです。

 

少なくとも現段階ではその可能性も否定できないのでヤマケイの『日本のきのこ』では毒キノコ認定されてしまったのではないでしょうか?

 

いやいや、オレはシモコシ結構食ってるよ。

 

という意見もあることでしょう。

しかし、「前編」の食中毒例の様に例えば200gのシモコシを一週間食べ続けてみた人は、日本人の食生活を考えると、そうそういるとは思えないのです。

 

また、一般的な食中毒(嘔吐、吐き気、下痢などなど)と比べて、症状が出ても肩こり程度だと、それがシモコシを食べたことが原因などとは考えないでしょう。つまり本人的には「食べても問題ない」となるわけです。

 

さて、未来のシモコシ……いったいどうなっているのでしょう?

 

新種か? それとも毒キノコか?

 

(文と写真=入佐城司)

 

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