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イグチ類② ~柄の特徴と変色性が同定のカギ

2018-10-09

中島淳志=文

前回の記事に引き続き、今回もイグチ類を解説します。初めに「イグチ型 (boletoid)」の子実体を形成する菌類の形態、生態などを概説したのち、代表的な分類群「イグチ科 (Boletaceae )」に焦点を当てて、近年の分類の動向をご紹介します。

 

「イグチ型」菌類の分類概論

前回の記事で解説した通り、イグチ目菌類には傘と柄のあるきのこの他に、ショウロやニセショウロのような「腹菌型」のきのこや、背着生のきのこなどが含まれます。その中で傘と柄のあるきのこはイグチ科、ヌメリイグチ科、クリイロイグチ科などにまたがっていますが、これらが形成する「イグチ型」の子実体には、傘と柄を持つ、より一般的な「ハラタケ型」の子実体とは顕著な違いが見られます。

イグチ型子実体の最大の特徴は、傘の裏側の胞子をつくる部分(子実層托)が通常は「ひだ」ではなく、たくさんの孔が集まったような「管孔」という形状をしている点です。管孔を持つ主なきのこには他にサルノコシカケ類がありますが、質感がかなり異なっており、イグチの管孔は成熟するとスポンジ状になるのが特徴的です。管孔の他には、子実体のサイズが一般的に中型~大型で、水分を多く含む肉質であり、腐敗しやすいことなども特徴です。

写真=傘の裏がひだではなく管孔なのがイグチ型子実体の特徴の一つ。

 

イグチ型子実体のサイズ、色、形状などの肉眼的形質は、傘、管孔、柄のどの部分を見ても非常に多様ですが、独特の質感というのは直感的な判別にかなり有用なようで(ベニタケの仲間でも同じことが言えます)、ある程度慣れてくれば、少なくともイグチの仲間であることは野外でも容易に判別できるようになります。ただし、そこからさらに絞り込んでいくためには、それぞれの「属」や「種」の特徴を地道に覚えていく必要があります。

 

◆イグチ型菌類の探し方と見方  

イグチ型菌類は平地と高山帯では発生する種がかなり異なりますが、その理由の一つは、関係を持つ樹木の違いです。イグチはテングタケ、ベニタケなどとともに、樹木と共生する「菌根菌」の代表的な一群で、広葉樹と関係を持つグループもあれば、針葉樹と関係を持つグループもあります。特定の樹種と緊密な関係にある(=宿主特異性の高い)種もあるので、どの木の下に発生していたかという情報は同定の重要な手掛かりになります。また、この性質は、例えば「ハナイグチ」を採集するためには「カラマツ林」に行けばよいなど、探索の手掛かりとして利用することもできます。

 

 

写真=カラマツ林をはじめとした針葉樹林に生えるハナイグチ(写真:大作晃一)。

 

発生基質は他の菌根菌と同じく「土壌」が大多数ですが、中には「キノボリイグチ」「オオキノボリイグチ」などのように「材」から発生する種もあり、これらは「腐生菌」としての性質を持つともいわれます。また、同じく材上生の「ザイモクイグチ属の一種 (Buchwaldoboletus lignicola )」は、同じ材に発生する他のきのこ(カイメンタケ)に対する「寄生菌」と考えられています。ショウロ属菌の子実体に発生する「タマノリイグチ」、ニセショウロ属菌の子実体に発生する「シュードボレタス・パラシティカス (Pseudoboletus parasiticus )」などはより分かりやすい寄生菌の例です。すなわち、イグチ型菌類は生態的にも多様といえます。

また、イグチ型菌類によく見られる特徴として「変色性」が挙げられます。例えば、「イロガワリ」「アイゾメイグチ」などは、子実体に傷をつけた途端に鮮やかな青色に変色します。種によっては青変ではなく赤変するものもあります。これは子実体に含まれる化学成分が、空気に触れることで酸化反応を起こすことによる現象です。変色に関連する色素としてはバリエガト酸、キセルコム酸などプルビン酸の誘導体が代表的ですが、種ごとに含有成分の種類が異なっており、それが色合いの違いにも反映されています。この成分の違いに基づく分類も試みられていますが(化学分類学)、成分の種類そのものの特定は、高速液体クロマトグラフィーや質量分析計のような本格的な機器を使用しなければ困難です。しかし、例えば水酸化カリウムやアンモニア水などの試薬を子実体に滴下した時の呈色反応は、遥かに簡易に知ることができる情報であり、かつ種ごとの化学成分の違いを反映しています。色々と試してみると、思いもよらない発見があるかもしれません。

イグチ型菌類の化学成分の多様性は色のほか、「味」にも関係してきます。「ニガイグチ」の仲間はその名の通り、強い苦味を持つことで知られており、筆者も「苦い思い」をして種名を覚えた経験があります。また、多様な成分の中には「毒成分」も少なからず含まれているようです。日本では有毒種が長らく知られてこなかったので、イグチは安全なきのこ狩り対象と見なされてきたのですが、比較的最近になって「ドクヤマドリ」「バライロウラベニイロガワリ」など、強い毒性を持つ種が明らかになりました。一方、欧米では「青変するイグチと管孔の赤いイグチを食べてはいけない」と言われるように、有毒イグチの存在は古くから知られてきたようです(もちろんこのルールには例外もあり)。国内にはこの2種の他にも、未知の有毒種が存在する可能性は否定できないので、同定に自信がないイグチは決して食べないようにしてください。実際に、未記載種の「ミカワクロアミアシイグチ」は誤食例こそないものの、マウスを用いた動物実験で致死的な毒性が示されています。

 

写真=イグチ科の中でも毒があるドクヤマドリ(写真:2点とも大作晃一)

 

 

◆イグチ型菌類の特徴

ここからはイグチ型菌類の中でも代表的な「イグチ科」を対象として、データを見ながら同定に有用な形質を探っていきましょう。テングタケ科と同様に、筆者がこれまで読んだイグチ科の論文から抽出した識別形質をカテゴリー別に集計してみました(114論文、n=2,601)。ハラタケ目全体のグラフと比べてみると、この科の分類において肉眼的形質がより重視されていることと、肉眼的形質の内訳にいくつか大きな違いがあることが分かります。

 

図=イグチ科識別形質グラフ(左)とハラタケ目識別形質グラフ(右)

 

まず、これは想定通りの結果ですが、ハラタケ目全体では子実層托の形状は「ひだ」が優勢である一方、イグチ科では「管孔」が大多数を占めていました。ちなみに「ひだ」の数がゼロではないのは、ここまで言及しませんでしたが、実はイグチにも「ひだ」を持つ種があることを反映しています。それは「キヒダタケ」の仲間で、「ひだ」以外の特徴を基にイグチの仲間に分類されてきました。

 

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