きのこ分類最前線
【転載】シモコシはかくして毒菌になりにけり(前編)
今でも多くの愛好家に「食べられるきのこ」として知られているシモコシが、最近の図鑑では「毒」になっています。その謎に迫ったコラムです。(事務局)
*本コラムはきのこのポータルサイト「きのこびと」に掲載されているものを、ご厚意により転載(一部改変)させていただいたものです。
(2017.11.01 滋賀県)
「シモコシ」漢字で書くと「霜越」という字があてはまる。
関西では晩秋に出るきのこではあるが、まだ霜の降りる時期には少し早いかもしれない。だた、ややレモンイエローのその頭が、松の木の下からぴょこんと出だし始めたら、もうきのこシーズンも終盤なんやなぁ……と一抹のさびしさを想起させてくれるきのこでもあるのだ。
シモコシという和名は覚えやすく、とっても親しみを感じる名前ですな。「~タケ」「~シメジ」「~イグチ」という名前がつくきのこの中で「シモコシ」という和名がついているのは、恐らくこのきのこが古くからそう呼ばれてきたことへのオマージュなのかな?と思ったりしているのだが、果たしてどうなのだろう……。
そんなシモコシであるが、以前はちゃんとした食菌であった。
「以前」というのは曖昧ではあるが、よく聞く話では、「海外でキシメジの近縁種を食べて死亡した例がある」…という何とも曖昧なもの。
【参考】
「最近、T.equestre による死亡例を含む中毒事例がヨーロッパで報告された。この種を次種のシモコシ及びキシメジと同一種とする学者もいる」(『山溪カラー名鑑 増補改訂新版 日本のきのこ』、キシメジの解説より引用)
ついでに言うと、まだ日本では死亡例がないということだが、そのあたりも本当にそうなのか? と聞かれれば「たぶんね」というぐらいのものなのでしょう。
ただ、その「海外の例」をとってシモコシが食菌でなくなった、と言うことにいくつか疑問が湧いてこないだろうか?
➀日本ではまだ中毒例が報告されていないのに関わらず、毒きのこ扱いされなければならないのか?
②死亡例は「キシメジの近縁種」なのに、なぜシモコシまでそのとばっちりを受けるのか?
2019年に仙台に行ったときに「野生のきのこ」を売っている道路脇の店に連れて行ってもらったことがある。見ると「シモコシ」と書いたプレートが置いてあり、ずらりとシモコシが並んでいた。
ここ仙台では海外の中毒例などは、遠い遠い国のおとぎ話しのように思えてしかたがないのだ……。
「海外」の中毒例を読んでみる
(2017.11.01 滋賀県)
「海外からの中毒例がある」という記述を目で追うだけでは、確かにそれは「対岸の火事」のような気持ちになる。
海外とは一体どこなのか? そしてどうやって食べて、どんな中毒になるのか? そのあたりの情報を探していたらこんな論文が見つかったので、その内容をわかりやすくまとめてみることにする。
「A series of cases of rhabdomyolysis after ingestion of Tricholoma equestre」
「キシメジ属 T.equestre 摂取後の横紋筋融解症の一連のケース」と第された論文である。
ほとんど直訳なので日本語の文章にかなり違和感がありますが、ご辛抱下さい(笑)。
また、文章の中で出てくる「Tricholoma equestre」と「T.equestre」はキシメジの近縁種のことで、とっても重要ですので、この学名は暗記して下さい(笑)。
まず、この論文のINTRODUCTIONを読むことで「海外」というのがフランスとポーランドの2カ国であることがわかる。そして、この2カ国で置きた食中毒は「横紋筋融解症」であることも。
横紋筋融解症については以下の引用を読んでみて下さい。
横紋筋融解症は、特に骨格筋に見られ、骨格筋を構成する筋細胞が融解・壊死することで、筋肉痛や脱力を生じる病態です。 そのまま放っておくと、起き上がることや歩行が困難になり、腎不全などを合併し、回復に長期間を要すことがあります。
https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/kensa/column/column20170727.html
そして、この論文では4つのケースを解説しているので、その要点を列挙してみます。
■ケース1
・56歳の男性
・6日の間、1リットルのボイルした T. equestre を1日あたり3回食べた後に入院
・消費されたキノコの重量は不明
・少量の同じきのこを食べた他の3人には徴候が出なかった
・最終摂取日に患者は非常に弱く吐き気、および食欲の減退が表れた
・5日目に状態が悪化し疲労、発汗、筋肉痛が悪化
・14日目にはそれらの症状がゆっくり消えて、退院することができた
■ケース2
・73歳の男性
・1ヶ月の間メイン・ディッシュとして T. equestre を1日あたり1、2回食べた後に入院
・T. equestre の正確な重量は不明
・最後に食べた2日後に患者は弱り、発熱はなかったが過度な発汗があった
・利尿が減少し、足が弱り痛みが表れる
・患者の妻と娘もきのこを食べたが徴候は出なかった
・妻と娘が消費したキノコの量は患者よりも少なかった
・すべての症状および生化学の異常は入院して10日以内になくなる
■ケース3
・55歳女性
・1週の間0.5リットルの T. equestre を1日あたり1回食べた後に入院
・最後の摂取の2日後に、彼女は疲れを感じ始める
・胸のあたりの吐き気と不快感が始まる
・彼女は病気を持っておらず、医薬品などは使っていなかった
・医者に診てもらったものの状態が悪化し、筋肉のが弱くなっていった
・大量の発汗は観察されなかった
・11日後、体調が回復して退院することができた
■ケース4
・44歳男性
・3日間メイン・ディッシュとして T. equestre を1日あたり3回食べた後に入院
・最後に食べた日に、筋肉痛、疲労、筋力低下、および発熱なしの大量の発汗があった
・患者はアルコール中毒者であるのは知られていた
・T. equestreを食べた後、6日目に患者は心臓発作のため死亡
T. equestre の毒性についてのまとめ
(2017.11.01 滋賀県)
拙い和訳でどうもすいません (^_^;)
もしこう言う訳の方がいいよ、というのがあればご指摘下さい(ありすぎるだろうけど w)。さて、そんな拙い和訳でも食中毒するポイントが見えてきましたでしょ?
「 T. equestre を何日かにわたって過剰摂取する」
これによって…
「筋肉痛、疲労、筋力低下、大量の発汗があり、最悪の場合は死に至る」
…というものですね。
なので、過剰摂取しなければ大丈夫か……というのはわかりませんが、以下のサイトを見る限り「数日間で150g以上」摂取するとアウトのようです。
「フランス経済財政産業省(MINEFI)及び厚生省、キシメジの過剰摂取による危害について注意喚起」
キシメジ( Tricholoma equestre / Tricholoma flavovirens )には、他にもChevalier、Bidaou、Canari又はJaunetといったさまざまな呼び名がある。キノコに関する書物の大半で食用キノコとして紹介されているが、実際は数日間に過剰摂取(生のキノコならおよそ150g以上)すると危険であることが明らかになった。
そう言えばこの前、菌友のS氏からこんな体験談を聞きました。
「シモコシを食べたあと肩こりになった」
T. equestre を食べたら「筋肉痛、疲労、筋力低下」が起こるってことは、もしかしてシモコシを食べたら「肩こり」になることは、あながち無関係だとは言い難いものがある。
ただ、肩こりに関して個人差があったり、「気のせい」でなったりする場合もあるので、絶対にシモコシが原因とも言えないだろう。
しかし、本当にそうであれば……これは厄介な話ですなぁ……。
だって、先の仙台の例もありますが、メルカリなどの個人間の通販では当たり前のようにシモコシが販売されています。販売者はこのコトを認識して販売しているのかな?
「日本ではまだ中毒例もないし、何より代々俺たち食ってきたもんな!」
というのは販売者側の論理だよね。なんて考えたら、「きのこびと」のひとつ前の記事を彷彿とさせますよね。
きのこびと「毒キノコ事件簿 その10」
この記事でカキシメジを販売したおばさんとメルカリでシモコシを販売することに何の違いがあるのだろうか?
でもね、T. equestre っていうのは「キシメジの近縁種」であり、シモコシとは異なります。しかし、『山溪カラー名鑑 増補改訂新版 日本のきのこ』ではキシメジと同じく毒キノコ扱いされています。
そのあたりは「後編」で調べてみたいと思います。
(文と写真=入佐城司)
【参考文献】
「横紋筋融解性を有するきのこの毒性と分類」
https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-25560409/25560409seika.pdf