今年こそ見分けたい!身近な植物識別講座
第1回 ヌスビトハギの仲間
この連載では、掲示板でもお馴染みの小林健人先生(長池公園 副園長)が、ご自身の経験を交えながら、その季節によく見られる身近な植物の見分け方を教えてくださいます。
第一回目は"ヌスビトハギ"の仲間です。
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雑木林にひっそりと……
夏の里山。華やかな春や初夏に比べると、花はオフシーズンでしょうか。特に、雑木林の中は頭上いっぱいに枝葉が生い茂り、一年で最も薄暗い季節となります。地表まで届く陽の光が少なくなる林床では、草花をあまり見かけません。加えて、木陰は幾分涼しいものの、そこに少しでも立ち止まろうものなら、たちまち藪蚊の大群に取り囲まれ、落ち着いていられませんよね。しかしながら、この植物観察にはあまり適さない夏の雑木林にも、ひっそりと花を咲かせている種類がいくつかあります。今回は、身近な夏草を代表して、ヌスビトハギの仲間を取り上げたいと思います。
ヌスビトハギってどんな植物?
冒頭に、“ヌスビトハギの仲間”と書きましたが、「そもそもヌスビトハギって何者?」、「ヌスビトハギって一種類じゃないの?」という声が聞こえてきそうです。まずは、ヌスビトハギとは一体どのような植物なのか、解説しておきましょう。本種は里山から低山の林縁や道端でごく普通に見られるマメ科の多年草です。1m近い草丈の割に、花はごく小さく、7月下旬から9月にかけて開花します。
ここまでの説明でピンとこなくても、サングラスのような形の平べったい果実が洋服にくっついていた経験はありませんか?この、風変わりな“ひっつき虫”の正体は、本種の果実(節果)なのです。「盗人萩」というおかしな和名も、その独特な果実の形状を、“地下足袋を履いて音を立てないよう、爪先立ちで歩く泥棒の足跡”に見立てて付けられました。同属では本種の他に、5~7枚の小葉を持つフジカンゾウや、小葉が丸く、花柄や萼に白い毛が目立つマルバヌスビトハギ、常緑性のオオバヌスビトハギなど約10種が自生しています。
“藪”に埋もれた2種の存在
ところで私は、植物を見始めた高校生の頃、ヌスビトハギをいち早く覚えました。当時通い詰めた地元の公園に、見た目と名前の印象的な本種がたくさん生えていたからです。茎に互生する3枚1セットの複葉が目印で、“これならパッと見ただけでも種名を言い当てられるぞ!”と自信を持っていたのでした。そんなあるとき、衝撃的な出来事がありました。植物の先生をフィールドに招き、ご案内した時のことです。後ろを歩いていた先生がふと私に問いかけました。
「これは何かわかる?」
先生が指差した先に目をやると、そこには見慣れたヌスビトハギが咲いていました。
「ヌスビトハギですよね、ここにはたくさんありますよ。」
私の即答に対して先生が一言。
「ヌスビトハギではなくて、これはケヤブハギ。さっきはヤブハギもあったね。」
恥ずかしながら、“ケヤブハギ”も“ヤブハギ”も当時の私には未知の言葉でした。呆気にとられた私は、帰宅後、持っていたフィールド図鑑を手当たり次第開きましたが、両者とも写真はおろか、その記載すら見つけることができませんでした。
珍しくないけど載っていない……
どうりで初めて耳にする名前だと納得した次第ですが、その後手に入れた『神奈川県植物誌2001』をはじめとする地方植物誌や、ワンランク上の高価な図鑑類には、ちゃんと掲載されていることがわかりました。しかも、『神奈川県植物誌2001』の分布図などを見てもわかるとおり、それほど珍しい植物ということでも無さそうです。ではなぜ、一般向けの図鑑には登場しないのでしょうか?
今回のケースでは以下の2つの事情が考えられます。
①紙面が限られたハンディタイプの図鑑の場合、掲載される植物は"種"が基本となり、"亜種"や"変種"といった、"種"よりも下位の区分で区別されるものはカットされることが多いため。
②ヌスビトハギ類の分類(学名)は複数の見解が提唱されており、統一されていなかったため(下記A~Dを参照)。
比較的身近な草花であるにも関わらず、図鑑に載っていないがゆえに見過ごされてきてしまったわけです。果たして、皆さまが日頃お使いの図鑑には載っていましたでしょうか?それでは、これらを見極めるポイントを整理していきましょう。
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