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樋口広芳先生特別コラム ハチクマの渡りを追跡する

2018-09-03

タカの渡り研究の第一人者東京大学名誉教授の樋口広芳先生にご寄稿いただきました。


東アジアのすべての国をめぐるハチクマの旅

ハチクマは日本で渡りをするタカ類の代表種だ(図1)。長野県北部の白樺峠、愛知県渥美半島の伊良湖岬、長崎県五島列島の福江島などでは、秋、多数のハチクマが上昇気流に乗って鷹柱をなし、南へと移動して行く様子を見ることができる。なんとも壮観な光景であり、秋の風物詩の一つとなっている。

図1 南へ渡るハチクマ 写真=久野公啓

 

しかし、こうして日本国内を西へと進んでいったハチクマは、その後、どこを通り、越冬地にたどり着くのだろうか。越冬地はどこなのだろう。また、春、かれらはどういう経路で日本に戻ってくるのだろうか。戻る先は、前年と同じところなのだろうか。

こうした疑問は、通常の野外観察では解き明かすことができない。私たちの研究グループは、2003年の秋以降、70個体にもなるハチクマの渡りを衛星追跡し、渡りの詳細を明らかにすることに成功している(図2)。

図2 ハチクマの秋(左)と春(右)の渡り経路。一本の線が一羽の渡り経路。衛星追跡の結果。春の渡り経路中、〇印はハチクマが1週間以上滞在した地点。Higuchi (2012): Journal of Ornithology 153 Supplement:3-14および樋口(2014)『日本の鳥の世界』平凡社より。

 

衛星追跡とは、鳥に装着した送信機からの電波を気象衛星のノアなどで捉え、時間と緯度、経度などを割り出すことによって対象種の移動の様子を追跡する仕組みだ(図)。ハチクマの渡りをめぐる一連の追跡結果は、われわれに大きな驚きと感動の数々を与えてくれている。

 


図3 アルゴスシステムを利用した衛星追跡の仕組み(イラスト:重原美智子)

 

 

まずは、度肝を抜くような渡り経路のあらましを述べよう(樋口2016:鳥ってすごい!山と溪谷社より)。

本州の中~北部で繁殖するハチクマは、9月中下旬から10月上旬に西方に進み、九州へと向かう。日本最西端の五島列島などを飛び立ったのち、東シナ海約700kmの海上を越えて中国の長江(揚子江)河口付近に入る。その後、中国のやや内陸部を南下し、インドシナ半島、マレー半島を経由してスマトラに至る。そこから経路が二つに分かれる。一方の鳥たちは、90度方向転換して東北方向へと進み、ボルネオ(図)やフィリピンへと到達する。もう一方の鳥たちは、東へと進み、インドネシアのジャワ島、あるいは小スンダ列島にまで到達して渡りを終える。総延長移動距離、1万キロ前後、全体として、大きなCの字を描く迂回経路だ。越冬地への到着時期は、11月から12月にかけてだ。


図4 ボルネオ・南カリマンタンのハチクマ越冬地。

 

春には、秋とは大きく異なる経路をたどる。渡りは2月の中下旬から3月に始まる。ボルネオやフィリピンで越冬した個体も、ジャワや小スンダで冬を越した個体も、マレー半島の北部までは秋の経路を逆戻りする。そこから先、一部の鳥は、90度方向転換して東に進み、カンボジア方面へと向かったのち、再び90度方向転換して北進する。ほかの鳥たちは、北上してミャンマーから中国南部へと入る。その先は、カンボジア方面に行った鳥たちも合流するような形で中国の内陸部を北上し、朝鮮半島の北部に至る。日本には戻ってこないように見えるが、そこでなんとすべての鳥が90度方向転換後、朝鮮半島を南下。朝鮮海峡を越えて九州に入り、さらに再び90度方向転換して東進し、繁殖地の長野県や山形県、青森県などに戻る。総延長移動距離1万数千キロ、秋より少し長い。

日本の繁殖地に到達するのは、5月の中下旬。戻る先は、前年の繁殖地とまったく、あるいはほぼ同じ。春秋合わせて2万数千キロ、季節によって渡る経路は大きく異なるのに、戻る先は同じなのだ。日本の特定地域で見ていただけでは想像もつかないすごい旅を、ハチクマたちは毎年毎年やっているのである。

おもしろいことに、春の渡りのさいにはすべての個体が、東南アジアから中国南部のどこかの地域で、1週間から1か月ほどの長期滞在をする。少し長くなる春の旅に備えて、滞在地でハチをたらふく食べているのかもしれない。秋と春の渡りを通じて、どの個体も東アジアの大部分の国を一つずつめぐっている。集団全体としては、東アジアのすべての国を一つ一つめぐっていることになる。

 

若鳥は戻ってこない!?

成鳥については多数個体を対象に衛星追跡できているが、当年生まれの若鳥については、これまで1羽しか追跡できていない。長野県の白樺峠で久野公啓さんたちによって捕獲、放鳥された鳥だ。この若鳥は、成鳥の渡りとは大きく異なる様子を見せた(樋口2005:鳥たちの旅―渡り鳥の衛星追跡―.NHK出版より)。

2003年の初秋。成鳥より一週間ほど遅れて929日に長野を出発。本州を西進したのち、淡路島経由で四国に入る。その後、九州から東シナ海を南西へと向かって中国福建省の東岸へ。沿岸部を南下し、ベトナム、カンボジア、マレー半島中部へと進む。続いて同半島を南下し、スマトラに到達したのち、冬期間を通してスマトラとマレー半島との間を何度か複雑に周回。41日以降はマレー半島中部にとどまり,結局、日本には戻ってこなかった。

一羽だけの追跡結果だが、繁殖地での若鳥の観察割合の低さやヨーロッパハチクマでの調査結果などからして、若鳥は越冬地にとどまることが多いようだ。一年目は繁殖に加わらないので、無理して長い旅をして繁殖地に戻ってくることはしないのだろう。

 

衛星追跡公開プロジェクト

これまで、ハチクマの渡りの衛星追跡研究はすばらしい成果をあげてきた。この衛星追跡研究は、それにかかわる私たち研究者に日々多くの感動を与えてくれている。毎日コンピュータ上で、鳥たちの移動の様子が時々刻々と表われるのを、胸ときめかしながらながめることができている。なんとも幸せな時間である。

私は何年か前から、この幸せな時間をごく一部の研究者だけでなく、鳥や自然に関心をもつ多くの人と共有したいと思うようになった。情報は日本人だけでなく、渡り経路上のいろいろな国の人たち、あるいは関心をもつ世界中の人たちと共有することになる。そしてその希望が、2012年の秋に実現した。鳥の渡り衛星追跡の公開プロジェクトだ。対象は4羽のハチクマ。私たちは、この追跡公開プロジェクトを「ハチクマプロジェクトHachikuma Project」と呼ぶことにした。移動の様子はウェブ上で図示し、日本語、英語、中国語、韓国語、インドネシア語で情報発信や意見交換を行なった。結果の概要は現在でもウェブ上に残されており、当時の状況を知ることができる(樋口2013:鳥・人・自然―いのちの賑わいを求めて―(東大出版)の第9章も参照。ここでの記述もそこから引用)。

http://hachi.sfc.keio.ac.jp/home.html

この「ハチクマプロジェクト」は大成功を収めた。推定で10万人以上の人が、公開された移動の様子や経路図などを楽しみ、関連するいろいろな情報を交換した。国内では、読売新聞、朝日新聞、各地方紙(共同通信が配信)がプロジェクトを紹介し、海外でも、いろいろなウェブサイトやテレビ番組などがプロジェクトや渡りの様子をとりあげた。個人的にも、国内外ともに多数の方からお便りをいただいた。国外では、とくにマレーシア、シンガポール、インドネシアなどで多くの方がサイトを見つめ、鳥たちの行方を日々追っていたようだ。

同じ鳥たちの渡りの様子を異なる国や地域の人たちが見る。ちょっと不思議で、なんともうれしいことである。10年ほど前、マレーシアで開かれたタカの渡り国際シンポジウムの折のことを思い出す。講演の折、ハチクマの渡りをスライドのアニメーションを使って見せていたところ、鳥たちがベトナムに入ればベトナムの参加者がウォ~という声を発し、タイ、マレーシア、インドネシアを通過する折には、それぞれの国の人が歓声をあげる。おそらくこの衛星追跡公開プロジェクトの折にも、それぞれの国の人たちが、自国とその周辺を鳥たちが移動するさい、時には大きな歓声をあげながら鳥たちの行方を追っていたのではないかと推測される。

渡り鳥は、遠く離れた自然と自然をつなぐだけでなく、異なる国や地域の人と人をもつないでいる。このプロジェクトを通じて、あらためてその感を強くすることができた。

 

新たな試みへ

私たちの研究グループは、近い将来、ハチクマプロジェクトの第2弾、「ハチクマプロジェクト2(仮称)」を立ち上げる予定だ。翼や尾の一部を帯状に脱色標識したハチクマが渡る様子を、経路上にある各国、各地で多くの人に観察してもらうプロジェクトだ。渡る様子を衛星で追跡するのではなく、目視で、自分たちの眼そのもので追い、各地の情報をつなげて経路を描くプロジェクトである。結果はもちろん公開する。

ハチクマの翼や尾は大きいので、そこに脱色された標識は目につくに違いない。多くの国を一つずつめぐるハチクマを観察しながら、鳥たちがほんとうに遠く離れた国や地域の自然と自然、人と人をつないでいることを感じとることができるはずだ。鳥たちに国境はない、ことを実感できるはずである。このプロジェクトは、各地の鳥関係団体やタカ渡りフェスティバルの活動と連動させたい。何千、何万もの人が参加するフェスティバルなどで、多くの人たちに渡り鳥が伝えるメッセージを感じとってもらいたいと願っている。

今年(2018年)は、そのプロジェクト本番に向けての準備段階として、6月に3羽のハチクマに脱色標識を施した(図5)。

図5 脱色された3羽の標識パターン。地上から見たときの図。実際には脱色部分は淡黄色に見える。 

 

標識、放鳥地は、青森県黒石市の繁殖地。これまでの諸実験により、この脱色によって羽毛が傷むことはなく、しなやかな状態が維持されることが確かめられている。つまり、鳥の飛行や保温などが妨げられることはない。羽毛は時期とともに徐々に換羽、脱落していくので、標識個体を判別できるのは秋の渡りの終了時期くらいまでか。

情報は、事務局の時田賢一さんあて<kby_tokita@icloud.com>に寄せていただくことになっている。提供いただく情報は、観察日、観察場所(市町村、可能なら緯度経度)、標識パターン(以下の個体番号や写真)などだ。

3羽だけを対象にした準備段階のものなので、どの程度の情報が寄せられるかは不明。しかし、本番に向けて、観察体制や情報提供のあり方、結果の公開法などを探るよい機会になると思われる。多くの人の目に触れ、観察情報が寄せられることを期待している。読者のみなさんも、観察された折にはぜひ情報をお寄せいただきたい。

 

樋口広芳(ひぐち ひろよし)

鳥類学者。東京大学名誉教授。主な編・著書に『日本のタカ学』(東京大学出版会)、『日本の鳥の世界』(平凡社)、『ヤマケイ新書 鳥ってすごい!』(山と溪谷社)など多数。NHK連続テレビ小説「半分、青い。」では野鳥考証を担当。

 


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