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アザミ学事始め

第9回 大都会にひっそりと生きるアザミ ~ゼンプクジアザミその後

2018-09-05

アザミ学事始 第7回」で、キタカミアザミ群(タイプ6)を取り上げ、その中で東京都杉並区善福寺特産のゼンプクジアザミについて触れた。ゼンプクジアザミは今年も無事に花期を迎えた。ここではゼンプクジアザミとその保護についてささやかなアクションを起こした。ここでゼンプクジアザミのその後についてご紹介したい。

 

タイプ6

①花期に根生葉が生存しない

②中型の頭花を直立させて咲かせる

 

ゼンプクジアザミ ─東京23区内で見出された新種

 

私は、2013(平成25)年3月に国立科学博物館を退職し、それから2年経ったある日、東京女子大学で非常勤講師のオファーを受けた。元々人の前で話をするのは嫌いではないので、この話を受けることにした。そして、2016年4月から、同大学で非常勤講師を務めることになった。

私が住んでいるのは、現在も当時も埼玉県和光市というころである。和光市から通勤する場合、東京女子大学の最寄りの駅はJR中央線の「西荻窪」駅である。和光市からふつうに通勤すると、まず東武東上線で池袋駅に出て、次はJR山手線などで新宿に向かい、その次はJR中央線で「西荻窪」駅で下車し、東京女子大学で徒歩で向かうことになる。乗換案内で概略をみてみると、片道1時間とちょっとかかることが分かる。

授業開始は午前10時過ぎと遅めだが、授業開始の少なくとも1時間前には大学に到着することに決めていた。また、一方では、運動不足を痛感していた。また、しばしば経験していた『痛勤』(通勤)ラッシュは二度と経験したくなかった。

そこで、前任地の茨城県つくば市では自転車通勤を実際に行っていたこともあり、東京女子大学から自宅までの自転車通勤を考えた。順調に走れば片道50分の自転車の旅であった。実際のところ、和光市から東京女子大学までの自転車による23往復は問題なく過ぎた。

 

初夏に咲き始めるアザミ

2016年4月の初出勤の折、教室へ向かう道筋で元気に育つアザミを観察することができた。関東平野の初夏にはノアザミが普通に見られるが、このアザミは明瞭な根生葉がないこともあり、ノアザミと関係がないことは容易に理解できた。また、同じく関東平野の秋のアザミとしてタイアザミが知られているが、それとは茎葉の概形や切れ込みの様式が異なっていた。その後、前期の終わりの7月末まで毎週このアザミを観察することになる。

すると、驚いたことにそれらは6月には開花が始まるのだった。しかも、頭花が横向き〜下向きに咲く(点頭する)タイアザミとは明瞭に異なり、頭花は上向きに直立して咲くのだ。そして、7月には満開の状態となった。

私はこのアザミを2016年に初めて見た訳で、たまたまこの年に開花が早かったという可能性もあった。しかし、2018年でも7月に十分に開花した株を見ることができた(図1)。一方、同大学の職員の方々の観察結果でも7月に開花するということなので、7月に開花するのはこのアザミの常習的な性質と考えてよいだろう。


図1 ゼンプクジアザミ。関東地方に多いタイアザミとは異なり、頭花は直立して咲く。
中央の株で高さ1.9mほど。東京都杉並区善福寺、東京女子大学キャンパスにて。2018720

 

大学のキャンパス内であるため、庭園として管理されている場所であるが、このアザミの生育地はより自然度の高い状態で維持されているという。要するに、このアザミの生育地は東京23区内で普通に見られる植生で、決して特別な場所ではない。

このアザミは、冒頭のタイプ6のアイコンが示すように、①花期に根生葉がなく、②中型の頭花を少数個つけ、③頭花は直立して咲く、という点でキタカミアザミ群の1種とみなすことができる。そして、キタカミアザミ群のうちで、④花期が早いこと(7月)、⑤茎葉が草質で羽状深裂すること、⑥総苞片が11-12列であること(図3)、及び⑦雌性両全性同株であって、両性株に加えて、雌性株があること(図2、4、5)などで特徴づけることができる。これは未記載種であり、和名は産地に因み、ゼンプクジアザミとする。

 

 


図2 直立して咲く、ゼンプクジアザミの頭花。 この株は雌性株

 


図3 総苞片の列数の数え方。総苞の基部につく苞葉を除き、総苞の最も内側につく赤紫色を帯びた総苞内片を数に入れる。最も下部につく総苞片を1列目とし、その背後につく総苞片を2列目とする。これを総苞最内片まで繰り返す。この頭花の場合は11列が数えられ、「総苞片は11-12列」のカテゴリーに入る。図2で示される頭花が典型的であるが、総苞片が重なり合って総苞片の列数が数えにくいので、ここで総苞片の列数が数えやすい、総苞の細いものを選んでいる。この株は両性株。

 


図4 ゼンプクジアザミの小花。 左。両性小花。集葯雄蕊(雄しべ)は淡褐色で、先端に花粉が見られる。右。雌性小花。花冠は両性小花よりも明らかに細く、葯は花冠の中に隠れていて、花冠の外には出てこない。花冠はほとんど白色で、頭花の色は花柱の色であることが分かる。

 


図5 ゼンプクジアザミの小花(断面)。 左。両性小花。右。雌性小花。葯は退化的で、花粉を作らない

 


図6 ゼンプクジアザミの痩果と冠毛。 左の2つ。頭花の辺縁部につく小花。右の2つ。頭花の中央につく小花。小花のつく位置によって、痩果のサイズに違いがある。発芽実験で確かめる必要があるが、恐らく、周辺部の小花がつくる痩果は不稔だろう

 

大都会の片隅に生きるアザミ

私は2012年にハチオウジアザミを記載した。これは東京都八王子市の谷戸<やと>に生育するアザミである。谷戸(谷津、谷地とも呼ばれる)とは丘陵地が侵食された谷状の地形であり、谷に沿ってしばしば湿地が形成される。ハチオウジアザミはこの湿地の中や隣接した水田の畦などに生育する。

ハチオウジアザミは、多数の小型の頭花を下向きに咲かせ、総苞は狭筒形になり、染色体数2n=2x=34の二倍体種で、ゼンプクジアザミとは別のグループ(カガノアザミ群─このシリーズで後に触れる)に所属する。染色体数からはこのアザミがより古い系統のアザミであることを示唆している。湿地に古い系統と推定される植物が遺存的に生育することはよく知られており、ハチオウジアザミもその一例とみなすことができる。このように、ハチオウジアザミの場合は谷戸という特殊な環境に生き残っている植物と説明することができる。しかし、ゼンプクジアザミの場合はその生育地が管理された庭園の一画であり、なぜそこにだけ生育するのかという問いに答えるのが難しい。

独立種、ゼンプクジアザミが杉並区善福寺の東京女子大学キャンパスに存在するということについては問題ない。事実であるからだ。ただ、ゼンプクジアザミが東京女子大学のキャンパスだけにしかない、という点には疑問が残る。本当にキャンパスだけにしかないのか?ということである。ゼンプクジアザミは大型のものだと高さ1.9 mほどあるので、目視で確認できるだろうと考えた。授業後、このアザミを自転車で探し回った。しかし、結局大学以外では見出すことができなかった。当然ながら個人で調べるのには限界があるため、杉並区民の方々に何らかの協力を得る必要があると考えた。

そこで、次にとったアクションは講演会の開催である。杉並区の方々のご協力を得て、2018年713日、つまりゼンプクジアザミの開花期間中に高円寺駅近傍で講演会を開催することができた。この講演会の目的は、杉並区に固有のアザミ、ゼンプクジアザミが生育することを報告し、似たアザミが区内にあるかないかを知ることにあった。しかし、ゼンプクジアザミの全体像はある程度伝わったと思われるが、残念ながら区内での分布情報は得られなかった。この結果は、暫定的に、このアザミが東京女子大学キャンパス内にのみ生育していることを意味すると考えている。

東京女子大学のHPによると、 1918(大正7)年に東京府豊多摩郡角筈(現在の新宿)にて開学し(2018年は創立100周年に当たる)、1924(大正13)年に豊多摩郡井荻村(現在の善福寺)に移転したとある。善福寺に移転してから今年で94年が経つことになる。キャンパスはきめ細かく管理されているので、移転当時のものが現在まで維持されているというよりは、途中で外部から移植された可能性がありそうだ。筆者が経験した例では、皇居吹上御苑から記載したフキアゲニリンソウ(キンポウゲ科)がある。これはニリンソウが大型化して、花が点頭して咲くものだが、吹上御苑と赤坂御用地(吹上御苑から移植されたという記録がある)に栽培されているが、自生地は分かっていない。

東京女子大学の関係者によると、ゼンプクジアザミの現生育地はアカマツの疎林だったという。この辺りの事情については、同大学100年史などを参照し、もう少し追求してみたい。

ここで述べたゼンプクジアザミは、たまたま筆者が東京女子大学の非常勤講師を勤める機会があったため、その存在が明らかになったということができる。日本産アザミ属の植物には狭分布種(唯一の山岳や谷、湿原など、ごく狭い地域にのみ分布する種)がかなり知られているので、山岳地帯ばかりではなく、全国の平野部にもまだまだ未知の種が残されていると思われる。

 

 

門田裕一(かどた・ゆういち) 

国立科学博物館名誉研究員。専門は植物分類・地理学。日本産のトリカブト属、アザミ属、アジア産トウヒレン属(キク科)の分類学的研究、日本列島高山フロラの由来と成立に関する植物分類・地理学的研究を行う。主な著書(編著)に『改訂新版 日本の野生植物 全5巻』(平凡社)などがある。

 

 

 

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