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アザミ学事始め

第10回 本州山地帯のカガノアザミ群

2018-10-12

門田裕一=文

カガノアザミ群とは

カガノアザミ群とは、タイプ5で表現されるように、花期に根生葉は生存しないが、大型の茎葉を花茎の下方につけ、多数の小型の頭花を下向きに咲かせるアザミである。これも形態的によくまとまった一群で、本州と四国に分布する。北海道では知られていない。本州には実に多くの種が知られているが、青森県北部、西の白神山地と東の八甲田山を結ぶ線の北側では見つかっていない。九州にもこの群に当たると考えられる標本が得られているが、野外では確認されていない。

タイプ5

➀花期に根生葉なし

②多数の小型の頭花を下向きに咲かせる

 

この群は山地帯(ブナ帯域)の種群であるため、あまり目に触れる機会がないかもしれないが、日本固有の特徴的な形態をもったアザミである。これまでに正式に記載・発表されたのは16種(門田2017)だが、本州での分布状況を踏まえると、さらに多くの種があり、30種以上あることは間違いないと考えられる。

カガノアザミ群では、茎は高さ1.5 mほどで、2 mを超えることも珍しくない。茎の下部につく大型の茎葉は長さ50 cmにもなる。全般的にはこの群は大型のアザミということができるが、頭花が小型で点頭し、多数つくのが特徴である。多分に主観的ではあるが、私はカガノアザミ群を風情のある和風のアザミと呼んでいて、遠目にも姿・形でこの群のアザミであることが分かる。このように、この群は全体的な姿・形は皆よく似ているが、総苞に関する形質に種差(種の違い)が認められる。

 

カガノアザミの正体

カガノアザミCirsium kagamontanum Nakaiそのものの実態を把握するのにはかなりの時間を要した。カガノアザミの正基準標本(ホロタイプ)は東京大学附属植物園(小石川植物園)に所蔵されているが、重複基準標本(アイソタイプ)は国立科学博物館に収められている(図1)。この標本が植物体のどの部分に相当するのか、長い間認識することができていなかった。 

 

図1 カガノアザミの重複基準標本(アイソタイプ;東京科学博物館、現国立科学博物館収蔵)。採集者は二階重楼氏、採集地は「加賀國能美郡白峰村谷峠」(現石川県白山市)。小石川植物園所蔵の正基準標本(ホロタイプ)もこれとほとんど同じである。

 

この標本を何度も繰り返し見つめながら、基準産地の「加賀國能美郡白峰村谷峠」に通った。「加賀・谷峠」とは、石川県白山市から福井県勝山市へ抜ける峠で、現在では立派な谷トンネルがあり、峠に達する道路は両県側ともに廃道となっている。しかし、途中までは通行可能である。石川県側で国道157号線と別れて旧道をしばらく行くと、道路沿いにカガノアザミがある(図2)。

 

図2 カガノアザミ。石川県白山市谷峠(基準産地)。多数の小型の頭花を点頭して咲かせる大型のアザミ。湿り気のある急斜面に生えることが多い。(写真=宮誠而)

 

図2に見るように、カガノアザミは全体が大型で、頂生の複花序は円錐状で大きく、長い柄をもった頭花を少数個つけた腋生の枝をいくつかつけることが分かる。つまり、カガノアザミの基準標本は腋生の枝とそれを抱く茎葉がセットになったものであったのだ。基準標本を採集した二階氏は頂生の複花序があまりにも大型だったので、腋生の枝(花序)を採取したのだろう。分かってしまえばどうということもないことであるが、ここに辿り着くまでかなりの時間を要した。そして、日本植物誌英文新版 (Flora of Japan Vol. IIIb; Kadota 1995)で描いた「カガノアザミ」の概念はいくつかの別種を含むものであり、誤りとは言えないまでも、妥当とは言えない代物であることが分かった。

 

図3 カガノアザミの頭花。石川県白山市谷峠(基準産地)。総苞片は11-12列あり、それぞれの中肋上に腺体が見える。腺体は楕円形で、鈍く光り、よく発達している。実際には下向きに点頭して咲くが、比較のために上向きに表示している(以下同じ)。(写真=宮誠而)

 

図3はカガノアザミの頭花である。総苞は狭筒形で、総苞片は11-12列、外片と中片はともに圧着しており(赤紫色を帯びる内片はどの種類でも圧着する)、縁が滑らかで、先端がごく短いトゲに終わる。腺体は楕円形で、総苞片の先端部に位置し、よく発達している。腺体からは粘着液がおびただしく分泌され、標本作成のために新聞紙に挟むと、剥がせないほどである。腺体は乾燥標本でも残るため、生きている時の様子が想定できるが、現地で生品を手に取って観察すると標本以上にいろいろなことが分かる。

以上のように、カガノアザミはその名を冠したカガノアザミ群の中で、総苞片が11-12列で、圧着し、楕円形のよく発達した腺体をもつことで特徴付けられ、福井・石川・富山の北陸3県に分布することが分かった

 

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