永田芳男さんの日本全国花行脚
第5回 花の香りをどう感じるか? ~ミズバショウとザゼンソウ~
『山溪ハンディ図鑑 山に咲く花』や『レッドデータプランツ』などでおなじみの植物写真家の永田芳男さん。髭がトレードマークで髭さんと呼ばれていましたが、いまでは髭も真っ白くなりました。三つ子の魂百までで、いまだに植物を追いかけて日本全国花行脚を続けています。旅先で出会った野生の草や木を主体に、時に花の名所なども兼ねて、永田さんが気になった植物をひとつずつ紹介していただきます。
今回は花の香りについてお話ししたい。なぜか植物図鑑には花の香りについてはまったく書かれていない。どんなによい香りがしても、またはゲッと思うような悪臭があっても、それらのことに触れていないのは不思議だ。例えばヘクソカズラやクサギなどは、花の香りではないが、植物体の放つ匂いについて書いてあれば読者の理解も早まると思うのだが、図鑑にはあまりそのような記述がないのだ。
さて、今回ミズバショウとザゼンソウを取り上げたのは、誰もが知っていて、時に同じ場所に生えていることもあるので、その場で比較するにも便利だからだ。
皆さんはミズバショウの匂いを嗅いだことはあるだろうか。鼻を近づけて匂いを嗅ぐまでもなく、たくさん生えている場所に佇めば、匂いは自然と感じられることもある。
おそらく誰にも見られることはないだろうな、と思える場所にミズバショウが咲いていた。北海道の目国内岳の登山口近くの峠の下の残雪脇、わずかな流れのそばに小群落が今まさに花盛りだった。近くに寄っただけで、ミズバショウの爽やかなよい香りが漂ってきた。花の最盛期だと、それぐらいミズバショウの香りは強い。
一方でザゼンソウは群生していても、匂いがその場に漂うほどではない。しかし、花に鼻を近づけると、オエッ、となるほどの悪臭がある。わたしはいつも「鼻がひん曲がるほど」と形容する。そのくらいイヤな匂いなのだ。だが、これほどの悪臭があるにもかかわらず、なぜかザゼンソウは人気がある。早春、雪が降りしきる中でも咲く、その強さのせいだろうか。誰も近くで花の匂いを嗅いだことがないに違いない。かたやミズバショウは、爽やかな香りが強く、真っ白い苞はたった1回の降霜に遭うだけで茶色く枯れてしまう。美人薄命のようなはかなさがある。
よい匂いの代表がミズバショウ。悪い匂いの代表がザゼンソウである。芳香と悪臭は人によって個人差もあるだろう。特に花の香りは、時間帯によっても変わることがあるから一層難しい。しかし、「ミズバショウはよい匂いがする。ザゼンソウは鼻をつまみたくなるような悪臭がある」というのが平均的な匂いの感覚だろうと思う。
しかし、その感覚が覆ったことがある。カナダに行ったときのことだ。
北アメリカ西岸にはアメリカミズバショウという黄色い苞のミズバショウがある。カナダのブリティシュコロンビア州のホテルのロビーで、アメリカミズバショウの自生地を尋ねたところ、あんな臭いものを見に行くのか、と眉をひそめられた。カナダ人は誰もが臭い匂いと認識しているらしい。聞けばカナダでは、この黄色のミズバショウのことを「イエロー・スカンク・キャベジ」と呼んでいるという。
すばらしい群生を前に、同行した日本人全員に黄色いミズバシヨウの匂いを嗅いでもらった。そうしたら、全員が「よい匂い」と答えたのだ。日本人とカナダ人の嗅覚の違いを実感した瞬間であった。
永田芳男(ながた・よしお)
1947年生まれ。植物写真家。おもな著書に『山溪ハンディ図鑑 山に咲く花』『増補改訂新版 絶滅危惧植物図鑑レッドデータプランツ』(いずれも山と溪谷社)など多数。
【図鑑.jpのミズバショウのプレビューページ】
https://i-zukan.jp/category/syu?category_id=2292
【図鑑.jpのザゼンソウのプレビューページ】
https://i-zukan.jp/category/syu?category_id=2308
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