永田芳男さんの日本全国花行脚
第17回 南の島のテングノハナ ~沖縄県石垣島~
『山溪ハンディ図鑑 山に咲く花』や『レッドデータプランツ』などでおなじみの植物写真家の永田芳男さん。髭がトレードマークで髭さんと呼ばれていましたが、いまでは髭も真っ白くなりました。三つ子の魂百までで、いまだに植物を追いかけて日本全国花行脚を続けています。旅先で出会った野生の草や木を主体に、時に花の名所なども兼ねて、永田さんが気になった植物をひとつずつ紹介していただきます。
日本では石垣島にたった1本だけ自生するというテングノハナの自生地を教えてもらったのは2015年の頃である。それから何度も何度も自生地に足を運んだ。そして今年、やっと自生地で花を写すことができた。
テングノハナは西表島の友人が庭で栽培していたので、植栽品は花も果実も撮影していたが、自生地の状態を撮影したいと、ずっと思っていたのである。春と秋に2回開花するらしいということ、ツルではびこるので年によっては道路際まで伸びて、道路の清掃のためにバサバサと刈られている……などと絶滅危惧植物とは思えないような扱いを受けていることを聞かされていたので、簡単に見つかるだろうと思っていたのだが、なかなかそう簡単にはいかなかった。
写真=以前撮影したテングノハナの果実(植栽)
はじめて訪ねたときは、葉は確認できたものの花は咲いていなかった。春にも秋にも何度か訪ねてみたが、年によっては株そのものがわからないこともあった。石垣島在住の友人にも頼んでおいて、花が咲いている時期も調べてもらっていた。彼によると1本ではなく2本あるらしいこともわかっていた。
そして今年やっと念願がかなったのである。まだ花には早いかな、と思いつつ現場に着くと、何と道路わきの苔むしたコンクリートの上に這って、葉の下に蕾がたくさんついていたのである。すぐにも咲きそうなふくらんだ蕾もあったので、ジャングルの藪の中に入って上を見上げると咲いていたのである。長いレンズに付け替えて撮影をはじめた。
しばらく経ってから、あちこち探していた友人が、すぐ目の前で咲いてる株があると声をかけてくれた。なんと地面を這っているツルにもたくさんの蕾がつき、ぽつぽつと花も咲き出していたのである。テングノハナの花序は新枝の先端から出てくるので、伸びたツルが垂れ下がると地面近くでも花が咲くのである。
咲いている花の中に雨水が溜まったのか、と思うほどの水滴がある。これは蜜だ、と直感する。指ですくって舐めてみると非常に甘かった。タイなどでは花序を食べる習慣があり、蕾の束が市場で売られている。日本はテングノハナの北限地である。自生はタイの他にフィリピンにあるが、フィリピンのものと日本のものは別種の可能性があるという。
かつては石垣島の西海岸には多数が自生していたが、宅地造成などの開発でほぼ消滅したのだという。いまある海岸林は非常に特殊な場所で、下は湿地なのに絶滅危惧の特殊なランが何種もあったり、ヤエヤマヤシがあったかと思うとクロツグが生えていたり、天然記念物になりそうなギランイヌビワの大木が生えていたりの、かなり特殊な環境のようである。
巨大なクワズイモの葉1 枚の下に佇むと、自分が小人になったような気分だった。テングノハナの開花は午前中、撮影を終えて帰る頃には、花はお椀のようにやや閉じかけていた。
撮影は2023年10月24日沖縄県の石垣島で。果実は2015年4月6日植栽品。
永田芳男(ながた・よしお)
1947年生まれ。植物写真家。おもな著書に『山溪ハンディ図鑑 山に咲く花』『増補改訂新版 絶滅危惧植物図鑑レッドデータプランツ』(いずれも山と溪谷社)など多数。
★図鑑.jpの掲載図鑑にテングノハナは掲載されていません。
テングノハナ(ハスノハギリ科)Illigera luzonensis